09.

「おぅふ・・・これは・・・」

 響弥所属のクラス。そこで広がっていた光景は予想外ではあったが想定外ではなかった。あり得る話であり、しかし同時に信じられない話。
 見知らぬ男子生徒と響弥が向き合っていた。それだけならば何て事は無い光景だが、両者の手は互いの襟首を掴み、さらに漂っている空気も殺伐として殺気に満ちている。例えばそう、路地裏にうっかり踏み込んで不良の喧嘩を目撃してしまった時のような、感覚。
 人の目には写らないルシフェルが楽しそうにケタケタと嗤った。
 堕天使様はこの修羅場を楽しんでいるようだった。

「どう?」

 クラスの騒動に目が行っている先輩方を尻目に尋ねる。生憎といきなり現れた1年生女子を気に掛ける者などいなかったのだ。
 ふむ、と一つ頷いたルシフェルが目を眇める。

「そうだな・・・俺には、首藤響弥に何かが憑いているようには見えないが・・・」
「うーん。それだと先輩が素で恐い人になっちゃうんだけど」
「それよりも」

 と、彼は不思議そうに首を傾げた。視線の先にいるのは響弥と対峙している男子生徒だ。彼も彼で、さっさと逃げ出せばいいのに――

「上手く隠れてはいるが、そっちの男の方が俺には気に掛かる」
「へぇ?つまり?」
「つまり、憑いているのは見知らぬ男子生徒の方だった、って事だろう」
「それじゃあ、可笑しくない?」

 そうだな、と矛盾を肯定した堕天使は最早六花に構うこと無く、人に視えるはずのないその姿のままで男子生徒に声を掛けた。

「良い身分だな。何の用件があって人間の領域にいるんだ、お前」

 ――首藤響弥と、男子生徒が、同時にこちらを向いた。
 はっ、と我に返ったかのような響弥の表情と比例して表情が消えた男子生徒。が、次の瞬間。
 襟首を掴んでいる響弥の手を乱暴に払った男子生徒が走り出す。

「追うぞ。あと、俺の声は多分、今の首藤響弥には聞こえていない。お前は追って来るなと伝えろ、六花」
「うん?」

 追うぞ、と言った割にはあまり急ぐ様子が無いルシフェルに疑問を抱きつつも、注目を集めつつある事を感じ、ややあって誤魔化すように笑った六花は茫然とこちらを見ている響弥へ声を掛けた。