「有真が思っていた以上に役に立たないな」
「うっ・・・すまん・・・」
目を眇め、腕を組んでいた裟楠が呟く。辛辣な言葉の数々にはこの学校生活で慣れてしまったが、的を射ている言葉にやや胸が痛くなった。本当にすまん。
しかし、自分の失態のせいでようやく彼は重い腰を上げる事にしたようだ。そもそも、言葉の駆け引きは裟楠の方が格段に上手い事だろう。自分が頑張るような事象ではなかったと記憶している。
「お。今度はお前が来るか?」
そう言って人外は好戦的に嗤った。暴力に訴えて来ないが、何らかの制約があるタイプの人外なのだろうか。六花に気を遣って、というのは無さそうだが――
対峙している裟楠はしかし、その発言に顔をしかめた。
「そうしたいところだったが・・・時間切れだ。さっさと消えろ」
「強い言葉だ。だが、まぁそうなるな」
「んん!?」
意味が分からず、首を傾げて人外の視線の先を見る。
「・・・六花」
昼休みの体育館裏。絶好のシチュエーション――にも関わらず、彼の視線の先に立っていたのは橘六花その人だった。この中の誰を捜しに来たのかは分からない。が、それでもその『誰か』を視界に入れ、彼女はいつも通りに大きく手を振った。
「あれ。何でこんな所にうじゃうじゃ集まってるの?ナメクジにでもなりたいわけ?」
「いや・・・そういう訳じゃ・・・」
暗に何でこんな湿っぽい場所に集結しているのか、と訊かれたがその問いに軽口を返す余裕は無かった。
――無かったが、思い切りの良さだけは健在。こういう状況に慣れていない裟楠は早々に撤退の準備を始めていたが、その様子を全て無視し、現れた第三者に向かって、問う。
「なぁ、六花。アイツが視えているか?」
「え?」
悠然と佇む人外を指さす。だが、有真が見ているのは六花の瞳の動きであり、恐らく驚異的な存在であるはずの彼ではない。
指さした先を見た六花は首を傾げる。
「何かいるの?野良犬とか?何か狂犬的なあれ?」
「・・・いや、いい。何でもないんだ」
「そっか。教室へ戻ろう。あと5分で5時間目始まるけど」
「何っ!?いつの間にそんな時間が・・・」
呟きながらほとんど六花に促されるまま、踵を返す。もちろん、『いない』事になっている人外の事など気に留める者はいない。
――やっぱり憑いてるじゃないか。
思いながら、微かに振り返って息を呑んだ。
美しいその人外は、眉間に皺を寄せ、実に何か言いたげに、六花を睨み付けていた。その唇が微かに動く。
――『誰が狂犬だ』。