05.

 司荻有真は見ていた。
 ひたすらに橘六花の家の前で出会った人外が、彼女に話し掛けている様子を。悉く無視されていたが――きっと、六花には彼が見えていないのだろうと思う。だから、会話が成立しなかった。簡単な絵解き。
 ちらり、と隣で仏頂面をしている真柴裟楠へ視線を移す。しかし彼は例の件に関して実に非協力的だった。今もまだ、放っておけ、と言わんばかりの顔をしている。

「おい、六花がどっかへ行ったぞ!よし、今だ、あの人外に声を掛けよう!」
「・・・お前は馬鹿か」

 途端、呆れ返った声と表情で裟楠にそう言われた。面倒臭いと言い出しそうな雰囲気――

「人外の姿は俺達以外に視えていない。宙に話し掛ける変人になぞ見られたら心外だ」
「あぁ、そっちか!しかし、お前が周りの目を気にしているのは意外だぞ、裟楠」
「・・・悪目立ちするのは良くない。何をするにしても、だ」

 声を低くしてそう言い、裟楠が今だ突っ立っている人外へ視線を移す。認めたくは無いが、美しい人外だ。美しいと言えば裟楠や、その恋人である神代雪路もそうだろう。種族的な問題で、美しい。補正が掛かっていると、雪路が懇切丁寧に説明してくれたが内容はほとんど覚えていない。何だよ種族補正って。
 脳内で訳の分からない事を考えていると、不意に裟楠が手招きした。何だ何だ、とその方向を見る。
 ――例の人外が、こちらを、見ていた。
 深紅の瞳が爛々と輝き、形の良い唇は嗤うように薄く吊り上がっている。

「・・・ここは良くないな。どうする、裟楠?」
「―――、――――――」

 ――十二時半過ぎ、体育館裏で誰にも気付かれないように。
 声を発すること無く、無音でそう言った裟楠が何事も無かったかのように席に着いた。
 対峙する美しい人外は――やはり、それを、嗤って見ていた。


 ***


 昼休み。弁当を早々に食べ終わり、体育館裏というイジメのセオリーみたいな場所には当然のことながら人っ子一人いなかった。当然だ。こんなジメジメした所にわざわざ集るような人間はそうそういない。
 ――だからこそ、集ったのは自分達を含む、人外のみなのだが。

「おいおいおい!どうするんだ、裟楠。お前、何か考えでもあるのか?」

 まだ来ない彼を思い浮かべ、有真は相棒に問うた。しかし、その相棒はいっそ清々しい程にあっさりと言ってのける。

「有るわけ無いだろう。お前が、何か考えがあったんじゃないのか?」
「いやいや、何を言っているんだ!?」
「有真。お前が言っている事の方が意味が分からない」

 男子高校生などこんなものだ。無計画過ぎていっそ笑える。
 ――しかし、裟楠のこの返事を予想していなかったと言えば、否と答えるだろう。彼が途中でいきなり目的を放棄するのは珍しい事じゃない。大方、自分がどうしたものかと悩んでいたから、呼び出してやった感謝しろ、とでも思っているのだろう。
 唐突に発揮される彼の行動力には目を見張るものがあることだし。
 そうこうしているうちに、いつの間に現れたのかふらり、と男がやって来た。瞳と肌の色以外が全て黒いようなその姿に戦慄すら覚える。

「やぁ。何だい、俺をこんな所に呼び出して。あ。成る程。体育館裏って言ったらカツアゲの定番・・・悪いね。俺、金は持っていないんだよ」
「・・・ッ!た、単刀直入に言う!」

 男の軽口と、俺は口出ししないという裟楠の態度に冷や汗を掻きながらも、有真は半ば強制的に口を開いた。本能的に、今言わなかったら二度と機会なんて訪れないと思った。

「橘六花に取り憑くのを止めろッ!」