02.

 リビングには重苦しい沈黙が満ちていた。というのも、ルシフェルは普段人前に出たがらない上、巴達から見れば彼は『女子高生の家に居候している不審な男』である。イケメンと叫んだ彼女もまた、状況のおかしさに薄々気付き始めている。
 そしてコミュニケーション能力が著しく低い堕天使もまた、黙って問題の人物である首藤響弥を見ている。というか睨み付けている。
 変な威圧感に冷や汗を流す可哀相な先輩の姿は見るのが辛いレベルだ。

「・・・何か分かった?」
「そうだな。まず、俺には彼に何かが憑いているようには見えない」
「えー・・・じゃあ、憑き物じゃないってこと?」

 至って真面目に堕天使は言い切った。嘘を吐いているようには見えない。
 思案顔の彼はその端整な顔をやや歪め、やはり首を振る。

「弱すぎるのかもしれないな。まあ、俺が強いから仕方が無いか」
「あ、そういう自己陶酔発言はいいから。じゃあ、どうすればいいの?対策の取りようが無いんだけど」
「今は上手く隠れているが、或いは何らかのアクションを起こす時は本性を現すかもしれないぞ」

 にやり、とルシフェルの口角がつり上がる。それだけで嫌な予感を覚えたが彼がどうするつもりなのか分からなかったので止めるには至らない。
 結果、「おい」と声を掛けられた響弥がびくりと肩を揺らした。
 彼等にルシフェルが人間でない事は話していないが、野生の勘と幸運補正のせいか随分と堕天使を警戒している節がある。

「お前、本当に何も覚えていないのか?」
「え、おう、覚えてねぇ」
「欠片もか?うっすら覚えていた、とか無いのか?」
「・・・ねぇ」

 そうか、と独りごちたルシフェルはややあって盛大に溜息を吐き、一つだけ提案をした。それはつまり決定事項であり要求を呑まないのならば協力しないという意志の現れ。

「六花。明日から出来る限りこいつを見張れ」
「はぁ?学年違うから階も違うし、意味が分からないんだけど」
「何かあったら報告しろ。以上だ。出来ないのなら俺はもう手伝わないぞ」

 そして、とルシフェルの鋭い双眸が響弥を射貫く。再び硬直した彼はぎこちない動きで不審な男を視界に入れた。

「六花がいる時以外、他人と一言も話すな。声を掛けられた場合のみ会話を許す」
「はぁ!?それ、授業中どうすんだよっ!!」
「はいはーい!先輩は授業中ずっと眠っているという情報があるんで問題無いと思います」

 絶妙なタイミングで口を挟んだのは巴。さすがは情報通。要らない情報まで一通り所持しているようだ。
 完全に絶句し、口を閉ざした六花と響弥にトドメを刺すかの如くルシフェルが捲し立てる。

「異論は無いようだな。じゃあ、諸君、明日から精々頑張れ」