08.

 唐突にやって来た巴は会話の流れなどまるで無視し、次から次に言葉を吐き出す。苦笑した有真はそれ以降、言い掛けた何事かを口にはしなかった。巴がどこかへ行き、ばっちりタイミングが重なった然るべき時に訊いてくることだろう。
 何を訊きたいのかは概ね予想がつくが。
 思考を打ち切り、有真と盛り上がっている巴へ視線を移す。すると会話の参加だと思ったのか、彼女はまったく唐突に問うて来た。

「りっちゃんは、例の暴力事件がどうなったのか知ってますか?」
「全然興味無いから知らないけど・・・」

 瞬間、友人二人の顔がドヤッ、と歪む。あ、これは碌な事にならないな、早々に諦めた六花は肩を竦め、とりあえず話を聞く姿勢を取る。

「なんとですねぇ!ついに3回目ですよ、3回目!!3人もボコっちゃってんですよ!」
「えぇ?何でまた・・・」
「動機は分からないんだが、とにかくその男子生徒が3人殴ったのは確かだぞ。えーっと名前は確か・・・」

 暫し考えるように黙り込み、先にその人物の名を声高に述べたのは幸運体質な少女の方だった。

「思い出しました!首藤響弥しゅとう きょうやさんっていう2年生の先輩です!」
「おお!確かにそんな名前だったな!」
「いやぁ、私、家研部の先輩からちゃんと聞いてたんでしたよ」

 家研部――家庭科研究部。お菓子を作ったり料理を作ったりする部活だ。ちなみに、女子が大半だが男子生徒もそれなりの人数入部しているらしい。
 ともあれ、被害者が悪戯に増えたからと言って特に六花は興味も湧かなければ珍しい現象だとも思えなかった。大方、殴られた方が無神経な事を口走ったとか、殴った方が喧嘩っ早い性分だったとかそんなものだろう、高校生男子なんて。
 偏った見方を脳内で繰り広げながら、未だ名前の件で盛り上がる二人をちらりと見る。と、有真と目が合った。快活な笑みを向けられる。

「信じていないな、六花!実はな、大事件なんだぞ」
「ドヤ顔でンな事言われてもね・・・で?どこらへんが大事件なの?」
「首藤さんはな、実は暴力沙汰を起こすような人じゃないらしい」
「・・・人間誰しも、見た目とか日常生活で計りきれないものだと私は思うなぁ・・・」
「悟ったような顔をするんじゃない!」

 薄い根拠を前に苦笑いを浮かべる。一体その『大事件だ』という自信はどこから湧いて出てくるのか。
 しかし、巴は有真の味方らしい。少し憤慨したような顔で地団駄を踏む。

「本当なんですよぅ!大事件の臭いがしませんか!?」
「しない。あ、今日数学当たるわ。ちょっとどっちかノート見せてよ」

 何かをギャンギャン吠える巴をスルー。六花は有真から借りたノートに視線を落とした。正直に言うと、暴力事件より数学の授業で答えられるか否かの方がよっぽど重要だった。