男子高校生二人が角を曲がって消えたのを見計らい、ルシフェルは薄く笑みを浮かべた。もちろん、彼等の会話は全て聞こえていたのでその賢明な判断に出来る事ならば喝采を送りたいが、彼はTPOを弁える男だった。
――誤解のないように弁解しておくと、人前に姿を晒しているつもりは無かった。普通の人間には見えないはずだった。
挨拶された時は心底驚いたが、咄嗟に笑みまで作って返したのは――失敗だった。
宇都野古伯を装い、無愛想にしていればよかったのだ。お陰様で眠れる猫の好奇心を呼び覚ましてしまった。
「あー・・・ふむ、笑いが止まらないな」
呟く。すでに新しい部屋は目の前だが、どうしてもそのまま帰宅する気分にはならなかった。
というか――よく認識出来なかったが、さっきすれ違った六花の友人は、本当に人間か?
さすがに人外であるルシフェルがそれと間違える事はないだろうが、事実すれ違った彼等は人間とも言えないし、人外とも言えない実に謎めいた気配を纏っていたように感じる。そして、主人たる六花が《そういうモノ》を惹き付けやすいのも疑う要因になった。
「ん・・・ハーフ、ってやつか?」
独り言は廊下に響かない。出てすぐにその言葉は掻き消える。
しかし、彼等をこのままにしておくわけにはいかない。少々面倒だし、やや癪に障るところはあるが――
一層笑みを――邪悪な、心底寒気のする悪魔じみた冷笑を浮かべたルシフェルは黙って踵を返した。一度も部屋に入ること無く、元来た道を戻る。
人間が支配するその世界に、靴音は響かない。