それにしても、とお菓子の半分を平らげ、ジュースの缶を4つ程空にしたところで裟楠が口を開いた。静かで落ち着きのあるその声はお菓子を貪り、ジュースを飲み干す一同の耳に響く。
「お前にしては良いマンションを選んだな、六花」
「え?何、なんでいきなりマンションの話に!?」
どこか恍惚とした顔でそう言ってのけた彼は言い間違えたわけでも、ましてや六花本人が聞き間違えたわけでも無さそうだった。
菓子の食べ過ぎで頭が可哀相な事になったんじゃなかろうか、と有真の方を顧みる。先にも述べた通り、裟楠と有真は同じ寮生。部屋は違うというか一人部屋らしいが、それでも自分や巴より彼の事に詳しいのは確かだった。
――が、六花はすぐにその選択を後悔することとなる。
「おおっ!奇遇じゃないか!俺もそう思っていたところだ!」
「黙れ。貴様の意見は求めていない」
「冷たいなぁ・・・だが、俺も良い部屋だと思うぞ、ここ!」
「えーっと・・・まあ、《何か憑いてる》とか訳の分からない事を言われるよりはマシだけど・・・お世辞ならいいからね?」
「何だと・・・ッ!?」
何故か激昂したように声を上げ、その場に立ち上がる裟楠。まるで意味が理解出来ず、ぽかんと間抜け面で彼の顔を見上げる。
見なければ良かった。激怒しているのは火を見るよりも明らか。何故怒っているのかはまるで分からないが。
「え、どうしたんですか、裟楠くん?」
「貴様・・・六花ッ!お世辞とはどういう意味だ!?俺は心の底から、この物件が素晴らしいと思っている!世辞など言うわけがないだろうが!!」
「マンション如きに何言ってんの!?」
「あー!落ち着け裟楠!六花も、そういう意味で言ったわけじゃないさ!」
「だからどういう意味!?」
寮生と自分の会話は多分、噛み合っていない。それがうっすらと分かったところで、蚊帳の外だった巴がつまらなさそうに声を上げた。
「もういいですよぅ、そんな事。それで、お隣さんとは上手くやってるんですか?」
「えっ!?」
「え・・・どうしてそんなに驚くのですか、りっちゃん・・・」
――隣人。いや、人という漢字を使っていいものかも疑われる彼等の事をどうやって巴に説明したものか。
「何だ、六花?隣に変な奴でも住んでるのか?」
「そうですよ、この私に話してみなさい!」
「ふむ、だが話した所で住む家を変えなければどうにもならないと、俺は思うぞ!」
好き勝手言ってくれる友人に引き攣った笑みを向ける。両隣人に対してはルシフェルという絶対的なカードがついているので心配には及ばないだろうが、目の前で小学生のように目を輝かせている一同へ説明するには、隣人達は個性的過ぎた。
仕方が無いので、一般人には言えないような内容全てを一切伏せ、隣人状況を説明する。
「えっと・・・奥の部屋には宇都野古伯っていう人が住んでるよ。挨拶しても無視されるし、初っ端から居留守使われたけど・・・で、もう一人は何故か平日に普通に家で寛いでる外国美人さんだったかな・・・」
話しているうちにどんどん有真と巴の顔が引き攣っていく。が、途中でそれについては六花とて気付いた。
――長所が一つもねぇ!どうしよう、まともな紹介が出来ない!!
ただ一人、菓子の中に混ざって羊羹を見つけた裟楠だけが事も無げに告げる。
「ふん、迷惑な隣人などあの手この手を使って追い出せばいいだろう」
「強硬手段!?もっと平和に生きようよ!」
「そうだぞ、裟楠。まったく、お前は何かあるとすぐ暴力に訴えて――」
「あぁあああああああッ!その羊羹!私も食べたかったんですよぅ!もう一つ――あ、まだ入ってました」
その後、一番に巴が帰宅し、その30分後ぐらいに寮生二人が帰宅。
ようやっと高校生4人が居座るには狭い部屋はある程度の広さを取り戻した。