12.

 それから数十分経ち、それなりに騒がしくなってきた教室の片隅。何とも言えない雰囲気を放つ三名。そこへもう一人、女子生徒が加わった。

「おっはよー!あ、りっちゃん!?とうとう抜かされちゃったかー・・・もう引っ越し終わったんですか?」

 無駄に朝からテンションが高い彼女は幸野巴こうの ともえ。六花の友人であり、常に占い1位を獲得するようなラッキーガールである。個人的な意見としては、彼女に不運の相を提示する占い師は如何様師か或いはただの三流であると信じている。
 常に幸福そうな笑みを浮かべている巴はその日も例外なく、全ての事象を運で乗り切っているような顔のままに朝にしては高すぎるテンションで捲し立てる。

「相変わらずこのグループだけ浮いてますねぇ。だけど巴ちゃんはめげませんよ!ほらほら、裟楠くんもっと明るい顔して!有真くんは話しすぎですよぅ!りっちゃんも!いつ私を家に呼んでくれるんですか?」
「待って、話し飛び過ぎだからッ!」
「え?でも、折角独り暮らし始めたんですから、友達呼びましょうよ」

 至極当然そうな顔で言われ、暫し返答に困る。が、そこは空気を読まない仏頂面の裟楠が会話を引き継いだ。

「朝から鬱陶しいぞ。お前、今日1限目は数学だ。宿題はして来たのか?」
「えへへ、してません!」
「そうだろうな。今日は――ああ、お前、当たるじゃないか。だが俺は見せんぞ、他を当たれ」
「別に裟楠くんのノートなんて要りませんよ!りっちゃんか有真くんに借りますからね」
「おお、丁度良かった。俺のノートを貸そう。代わりに、消しゴムを貸してくれないか?今日はうっかり家において来てしまってな」

 構いませんよ、と実に微笑ましい道具のトレードが目の前で行われる。こういう場合は誰も数学の宿題を解いておらず、困り切って教師に結局「分かりません」というのが普通の流れなのだろうが、生憎と巴は《幸運体質》なのでそんな凶事に見舞われた事は無い。

「それで、りっちゃんの家はいつなら行けるんですか?今週の土曜日が日曜日なんて暇なんですよぅ」
「えぇ・・・じゃあ、日曜日にしよう。それまでには片付けるから」

 ――ルシフェルの部屋を。
 ともあれあのスッカラカンの部屋に何かしら家具を入れるか、或いは倉庫らしく見せる努力をせねば。一体どんな人間があの部屋で寝泊まりをしているのか、と本気で疑いたくなる状況なのだ。
 ふむ、と便乗したのは有真だった。真面目な顔で人差し指を立てる。

「ならばこうしようじゃないか。六花が片付けるのを待つんじゃなく、俺達が行って片付けの手伝いをしよう」
「ふん。面倒だが行ってやらない事も無い」

 ――ありがた迷惑ぅぅぅ!!畜生、止めろよ裟楠!何便乗してんだ!!
 心中で盛大に舌打ちしつつ、無理矢理笑みを作ってやんわりとその案を否定する。あまりズバッと断ろうものなら、家に何か変な物でもあるんじゃないかと疑われてしまう。いや、あるのは変な物じゃなく変な堕天使とかいう似非人外なのだが。

「えぇっと・・・やっぱり自分の家だし、自分で片付けるから。ま、多分日曜日ぐらいには綺麗に片付いてるんじゃない?」
「・・・ならいいが、出来ない事は言うものじゃないぞ、六花。前日のキャンセルなどになれば――」
「止めて!何そのあからさまなフラグッ!」

 本業を廃止し、いきなりフラグ建設士へと転職した裟楠に悲鳴じみた声を上げる。すると巴がケタケタと嗤った。

「いやぁ、楽しみです。一体何があるんでしょうね、りっちゃんの家」
「楽しまないでェェェ!!何もねぇよマジで!」

 どうせ見えないよ、と心中で付け足す。そりゃあ、目を覆う程のイケメンが一人いるが、彼の姿は普通の人間には視えないのだから当然だ。

「冗談ですよ。ところで、皆様知ってます?昨日の学校で起こった傷害事件――いや、暴力事件」
「ああ!知ってるさ!」

 唐突に変わった話題に安堵する。しかし、何の話か分からずに首を傾げれば情報に疎い裟楠も首を傾げていた。どうやら巴と話題を共有出来るのは意外にも情報に強い有真だけらしい。
 ――が、それを気にした風もなく、むしろ嬉々とした様子で幸運体質の少女は口を開く。自らが収集した情報を白日の下に晒すのが楽しくて堪らないのだろう。

「えぇっとですね、実は昨日の終礼時に起こった事件なんですけど、私達の一個上の先輩方のお話です」
「ああ。確か――そうだな、名前は知らないが、いきなり殴り合いの大喧嘩。慌てて担任が止めに入ったが男子二人で殴り合っていたらしい、止められなかったそうだ」
「えぇ。担任は女の先生らしいので当然のお話ですよね」

 ん、と裟楠が首を傾げる。それには六花自身も同意だった。

「何故、それが大事になる?たかだか喧嘩だろう」
「そうだよ。だってほら、校舎裏で煙草に見せ掛けてチョコレート食ってる不良サマ方の比じゃないでしょ」
「六花・・・お前、時々俺でも恐ろしくなるような無神経ぶりを発揮するよな・・・」

 何故か有真に呆れた顔で見られた。
 話が脱線したのを戻すように、巴が口を挟む。

「何が変なのか、って、どっちも何の面識も無いただのクラスメイト同士だったそうですよ」
「へぇ・・・?」

 それで何が大騒ぎになったというのか。
 それが六花の正直な感想だった。いいじゃないか青春、いいじゃないか暴力沙汰。だから早く家に帰ってルシフェルの部屋を倉庫っぽくアレンジしなければ。