11.

 這々の体で辿り着いた教室にはすでに友人が二名ほど席に座って雑談をしていた――否、雑談ではない。一人が一方的に何かを喋り、もう一人は読書をしているという実に悲惨な光景が広がっている。
 しかしいつもの事なのでさして気にせず、机に鞄を放り投げた六花はその輪の中へ何の躊躇いも無く乱入した。

「おはよう、朝からご苦労さんだね」
「やぁ、おはよう!うん?お前が早いのは珍しいな、六花!」

 素早く反応したのは一方的に喋っていた方の男子生徒、司荻有真しおぎ ありまだった。輝くような眩しい笑顔で朝の挨拶をされれば、自然と余計に疲れが溜まるから不思議だ。
 そうして、読書中のもう一人も顔を上げる。

「何だ・・・?どうやって早く登校したんだ、お前」
「心底不思議そうな顔しないでくれるかな」

 色白の彼は真柴裟楠ましば さなん。かなり顔色が悪いようだが、意外にも体育の成績は悪くない。いつか貧血とかでブッ倒れそうな男子生徒だ。
 ともあれ、二人が話しに乗って来た事を悟った六花は無い胸を張った。

「実はとうとう独り暮らしを始めちゃいまして。何と、徒歩15分圏内の家賃超安いマンション!いやぁ、快適快適!」
「おおっ!良かったじゃないか。そうだよな、登校に1時間半も掛かるなんて正気の沙汰じゃないもんなぁ!」
「ん?独り暮らし?言っていたか、そんな事」
「よし、人の話はちゃんと聞こうか裟楠くん。一ヶ月前からそれっぽい話ししてたでしょーに!」
「覚えていない、そんな昔の話は」

 一緒に喜んでくれるのは有真、話そのものを忘れているのは裟楠だ。実に彼等らしいと言えよう。
 ――そして、思わぬ爆弾を投下するのは有真の役目だ。

「引っ越しお疲れ。今度どんな部屋かみんなで見に行くよ」
「えっ!?」

 司荻有真がフラグ建設士だとするのならば、真柴裟楠はフラグ破壊士だろう。
 にこやかに言った有真の言葉をほとんど彼の方を見る事もせずにばっさりと斬って捨てる。そこに同情の余地は無いというか、まるで気にしていないように。

「引っ越したばかりの家に上がり込むなぞ、貴様の頭はお花畑か。よその家の迷惑も考えろ」
「え?そういうものかなぁ?俺は良いと思うぞ」
「私は良くないと思うなぁ・・・まだ片付いてないし・・・」

 敢えて付け加えるのならば。片付いていないという台詞の後に、『ルシフェルの部屋が』という言葉が付属する事だろう。
 事実、彼は実体のない霊体なので片付けはなかなか捗らず、更に言うとほとんどの家具が不要である彼の部屋はおよそ生活感のない、何とも形容し難い部屋へと変貌を遂げているのだ。

「そうだな!じゃあ今度、巴の奴も連れて!」
「貴様、俺の話を聞いていたのかッ!?だからそれは、六花に許可を取らねば――」

 朝から賑やかな友人達を前に、マンションでの非日常を思ってとても哀しい気分になったのは言うまでも無い。