08.

 借りたばかりの自室へ帰り、息を吐く。
 何て濃い1日なんだ。今日は日曜日だが、こんなに疲れるのならばむしろ休日とは言わないのじゃないだろうか。
 それに――

「何でそんなに元気なの、ルシフェル?」
「まぁ、俺は何もしていないからね。霊体には体力なんて鬱陶しいものは無いし」
「いや・・・疲れたでしょ、精神的に」
「異形の多さには驚いたが、この程度で疲れはしないさ」

 そう言って嗤う彼の頼もしさは今日一番だった。

「そういえば、結局、古伯さんって何だったんだろ・・・何の異形?あ、妖怪系統かな?」
「さぁな。俺にも覚えの無い存在だったから、妖怪だろう。あの管理人と同じ日本産ってことだな」

 妖怪の類。六花にとってはそれが天使だろうが怪物だろうが妖怪だろうが全ては同じモノなのだが、やはり派閥なのどがあるのだろうか。そう言うルシフェルは今日あった人外の誰ともあまり気が合わないようだった。
 それに、彼等は今まで見て来た六花が知っている異形とは随分違う気がする。
 例えば出会い頭に「お前を食う」とか宣言してくる脳味噌が足りなさそうな人外。
 例えばいきなり襲い掛かって来る人外。
 例えば触れる事すら出来ない霊体。
 知っているそれらとはいずれも違うというか、何と言うか教養と常識がある存在だった。いや、古伯に至ってはそうとも言えないのだが、モラルが存在しているのは確かだ。他人に礼儀を求めてくるところとか。
 そう敢えて例えるのならば――他の誰でもない、ルシフェルと似通った存在なのかもしれない。

「宇都野古伯は高位人外だ。そして、高位の人外は安易に人間を喰らったりはしないものなのだよ。まあ、具体的に言うならば俺はお前の血だけを抜いて飲み干すか、或いは手元に置いておく以外の使い道を思いつかないな」
「物騒!何で血?」
「人間の肉は不味いらしい。それに、力を損なう。お前は鳥の頭蓋でも食う趣味があるのか?無いだろう?」

 ――そうかもしれない。相変わらず例えが意味不明だがそこはツッコまないでおこう。

「え、じゃあ、アイリスさんは?」
「あれは魔女だ」
「え?魔女って何かこう、白雪姫とかに出て来るような?」
「・・・あんな老婆はほとんど居ないぞ?誰も彼もが《魔法》で若く魅せているのが魔女だからな」
「じゃあ全ての女性はみんな魔女だね。メイクアップという名の魔法使いだからね」

 そういう事を言っているんじゃない、と至って真面目にツッコまれる。下らないネタを好むルシフェルはTPOを弁える男だった。

「系統的に言えば妖怪より俺のような存在に近いからな、魔女は」
「ていうかね、右に妖怪、左に魔女が住んでるって――普通あり得ないから」
「両隣に妖怪が住んでいても驚かないが・・・魔女が居たのは意外だったな。あの管理人は余所者を嫌うようだから」
「そうだね。何だか謎が多いマンションだな・・・」

 はっ、と六花の言葉をルシフェルが鼻で嗤う。何だよ、と問い返せば堕天使は嗤って言った。

「化け物屋敷、と言った方が的を射ているぞ、六花」
「・・・そうだね。うん、そうだよね・・・」