そんなやり取りをした3日後。晴れて曰く付きマンションの一室に入居した橘六花は部屋の真ん中に座り込み、考え事をしていた。
ルシフェルはというと、与えた一部屋できゃっきゃと修学旅行寝る前の女子みたいなテンションではしゃいでいる。一人部屋がよっぽど嬉しかったようだ。その件に関しては着替えとかの問題も含めて良かったと思っている。
――が、それはいい。
問題なのはせめて両隣の住人に挨拶回りなるものをどうやってするか、だ。身の安全を案じるのならば普通に行かない方がいいのだが、腐っても日本人。入居報告ぐらい隣人にすべきだと良心ががなり立てる。両親の方にもそんな旨の注意を再三受けた。
「菓子折付き・・・洗剤とかの方が・・・?いやでも、コインランドリーの人だったらどうしよう・・・」
「何をぶつぶつと言っているんだ?」
「うおぅっ!?」
背後に突然出現する堕天使。もっと普通に出現する事は出来ないのか。
「無茶を言うな。何せ、俺の存在そのものが《普通》じゃないんだからな」
「あ!考えている事読まないでよ、プライバシー!」
「いや・・・お前、がっつり口に出していたが・・・」
胡乱げな目でそう言われれば赤面する他無い。うるさい、と見当違いの八つ当たりをし、やっと話は本線へ戻る。
「ふむ。隣人の挨拶へ行きたいが、洗剤と菓子どちらを持っていけばいいか、って事を悩んでいるんだな?」
「そうそう。隣にどんな人が住んでるかも分からないしなー」
「というか、人間が住んでいるかも分からないが」
「えっ!?」
「言っただろう。管理人は酔狂な化け物なのだよ」
ここに来て初めて六花は顔を蒼くした。素知らぬ顔で何を言っているんだこの堕天使。そんなんだから堕天したんじゃなかろうか。
そういう諸々の意味を込めてルシフェルを睨み付けると彼はへへっ、と嘲笑した。
「俺の分の菓子も買うと約束するなら、挨拶回りに付き合ってやらない事も無いぞ?」
「黙れこのクサレ堕天使がァァァ!あんたの食べる菓子は異常に高いんだよッ!」
「うおっ!?」
手近にあったティッシュの箱を投げつける。それを首を逸らしてあっさり避けた堕天使へ追随の一撃としてゴミ箱をシューティング。そこまでするとさすがのルシフェルも臨戦態勢へ入った。
「お前何投げてるんだ六花!」
「筆箱だよぉぉぉ!!」
この後、折角片付けた部屋が再び悲惨な状態に戻るまで喧嘩を続けた六花は最終的に堕天使へ妥協案を投げ掛けた。
「五百円までなら買うよ」
「・・・ふん、いいだろう」
明らかに両隣人へ多大な騒音被害を奏でた彼女達はまだ、挨拶回りにすら繰り出していない。