不動産に堂々と紹介された曰く付き物件――ハイツ神代。名前だけならば神々しい、とぼやいたのはルシフェルだ。神の代わり、などという大それた名の付いたそれは写真で見た以上に、小綺麗なマンションだった。
こんな良質物件なのに、紹介された物件の中で最安値。
――こういう場合に限ってのみ、傲慢の名を統べる堕天使が居てくれて助かると思う。実に都合主義だが。
「あ、管理人さんが来ましたね。それじゃあ、交代しますよ」
「はい、ありがとうございました」
前方からやって来る――女性?いや、男か。を見て不動産が頭を下げ、そろりと出て行く。あまり長居したくないようだった。
不動産の代わりにやって来た管理人は爽やかな笑みを浮かべた、どことなく中性的な男性だった。第一印象は悪く無い。悪く無いが、篭の中の九官鳥もといルシフェルは不満そうに黒い翼をはためかせた。
――そうして、彼が口を開く前に管理人が口を開く。
「やぁ、こんにちは。僕は
「えっ・・・。あぁ、はい。どうも・・・」
――あ、これヤバイ。
篭の中の保護者は何も言わないが、肌で感じる――否、感じるというか、名乗る前に自分の名前をすでに知ってる奴はヤバイ。今までの経験上、何らかの下心があって接触してきたか、普通に「お前を食ってやる!」的な頭の悪そうな《異形》である可能性が高い。
相当に引き攣った笑みを浮かべながら、差し出された手をやんわりと無視。あの手を握ったら最後。どっか変な所に連れ込まれかねない。
以前、道の真ん中に倒れている女性に手を差し伸べたら、鏡の中とかいう訳の分からん場所へ連れて行かれた事もあるし。
「実はね、空いている部屋は一つしか無いんだ」
「そうですか・・・」
差し出した手をナチュラルに引っ込め、何事も無かったかのように話を進める目の前の管理人、戌亥に戦慄すら覚える。ここで憤慨するような輩ならば、大して恐くないのだ。しかし彼は、何も言うこと無くその手を引っ込めた。十分に脅威である。
『あぁ、あいつ面白く無さそうだなあ。どう見てもボケクラッシャーだろ。全てをスルーするタイプだろ。外れを引いたか・・・』
『黙れ堕天使ッ!』
下らないネタを何よりも愛するルシフェルは心底残念そうだった。どうでもいい。
「女の子の独り暮らしなんだって?セキュリティもまともだから結構安心だと思うよ」
「・・・・そうっすか・・・」
――だから、何でこの管理人は余所様のお家事情を網羅してるんだ・・・。
マンションのロビーへ入って行きながら、神代戌亥が呟く。
「まあ・・・独り暮らし用の部屋って結構空いてるんだけどね」
「え・・・?」
何言ってるんだこいつ、それを頼れる堕天使様に問えば無言が返された。