01.

 家探しを開始した。と言っても不動産に通い詰めるだけなのだが、それでも高校生活も送らなければならない六花には骨が折れると言って差し支えないだろう。家族の方も家は探しておいてやる、などと甘い事は言わない。ただし、ある程度の金銭的な融通が効くのだから文句を言うべきではないだろう。
 付き添いとして居るルシフェルは何を思ったのか九官鳥のような黒い鳥に化け、大人しく鳥籠の中に収まっている。わざわざ持って来たから、自分で買いに行ったのだろう。
 こんなに空調が効いている室内であるにも関わらず汗を掻いてひっきりなしにハンカチを取り出すバーコード頭の中年男が口を開く。彼は先程から物件を次々に説明してくれているのだが、如何せん値段と立地がなかなか合ってくれない。
 ――というか、聞いた話は片方の耳から入ってもう片方から出て行っている感じだ。

『少し広い所にしよう。お前、忘れているだろうが一応俺もカウントして部屋探ししろよ。後で窮屈な思いをするぞ』

 頭の中に直接響いてくる声。家ならば普通に話し掛けて来るのだが、現在ルシフェルはただの九官鳥だ。彼が喋ろうものならばインコなのか何なのか分からなくなることは請け合い。
 しかし、物理的な声で話してくれた方がマシというものだ。ダイレクトに響いてくる声は無視していようが、どうしても話題として頭に残ってしまう。
 仕方ないので、不動産の話を聞いていると見せ掛けてルシフェルと会話。
 ――もちろん、顔に出さず口にも出さない、およそ会話とは掛け離れた何かであるのだが。

『ちょっとそれは難しいよ。だって部屋が一個多い物件にしたら家賃が・・・。ていうか、ぶっちゃけ貴方への配慮を出来る予算なんて持ってないし』
『はぁ?お前、ホント馬鹿だな。そこをどうにかするのがお前の役目だろう、六花』

 あぁん?という心境が顔に出ていたらしい。気付けば不動産の滑らかに紡ぎ出される言葉は止まり、怯えたようにこちらを凝視していた。
 すいません、と素知らぬ顔で謝りぎっ、と九官鳥を睨み付ける。

「ちょっとこの子が・・・」
「はぁ、そうですか・・・」

 別に何か変な動きとかいきなり騒いだりとかしなかったぞその飼い鳥、とでも言いたげな顔をしていた不動産の視線を躱す。あながち間違っているわけじゃないのだ。

『あまり煩いとミカエルさん呼び付けるからね』
『まあ、その・・・だから何だよ、って感じだな、それ。勝手に呼びたければ呼べばいいが・・・しかし、あいつは何なんだろうな。天界も暇しているのか?俺が何かしでかす度に出て来て』

 ミカエル――と言えば言わずともがな、ルシフェルの弟であり大天使の長。四大天使の一人でもあるエリートな天使である。六花も彼の兄たる堕天使と同居しているようなものなので何度か会った事がある。
 普通に呼び出しても姿はおろか、返事すら無いが、とある呼び方をすると僅か5秒で駆け付けてくれる。多分暇なんだと思う。

「分かりました」

 ルシフェルと会話しているうちに何かの決心を勝手に付けた不動産が勢いよく立ち上がった。心なしか、額に浮いている汗の玉が増えた気がするが――

「あまりお勧めしたくはなかったのですが、そこまで安物件を探しているのならば仕方在りません」
「えっ・・・?えぇ・・・?」
「この値のまま、部屋が一つ多ければいいんですよね?なら、ここなんてどうでしょう」

 別のファイルを取り出し、机に広げる。随分薄いファイルだがそれもそのはず、それには一つの物件情報しか入っていなかったのだから。
 ――あれ、これって所謂・・・。

『曰く付き、って奴だな。どうする?だが、安いのならばその方がいいかもしれないな。まさか俺にわざわざ喧嘩を売るようなアホはいないだろう』

 妙に頼もしいルシフェルの発言だったが、もちろんその手の対処法も頭に入れているので家賃を見て決めようと六花は不動産の真剣な顔を見やる。

「値段はこの程度で――」
「え、安ッ!?さっき紹介された小さな部屋より安いじゃないですか!」
「まあ、最後まで聞いて下さい。実はですね、両隣にちょっと変な人が住んでいるっていうか、その・・・」

 ――いいのか不動産、そんな事言って!
 それに安いと言ったが少し大丈夫なのか心配になってくる安値だ。いや、両隣に変な人間だかそうでない何かが居ようと困らないが、建物そのものの強度が著しく低いのは勘弁願いたい。こればかりは堕天使に頼もうとどうしようもないからだ。

「この部屋、先月まで人が入っていたんですが、僅か一ヶ月で引っ越しなされましてね。所謂、曰く付きって奴なんです。それでもよろしければ・・・」

 ばさばさっ、と九官鳥が羽ばたいた。一瞬、意識がそちらへ向くと流れ込むようにルシフェルの声が脳内で反響した。

『大家は利益を求めていないような値、か。まあ、行ってみる価値はあるんじゃないのか?俺を連れて行く事を忘れるなよ』
『分かってるって』

 とりあえず、その部屋を一度見に行く事でその日はお開きになった。というのも、六花は高校生なのであまり遅くなると補導対象に入ってしまったりと良いことが無いからだ。