第1話

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 などと話をしていると、スタッフでさえ中へ入る事を許されない、封鎖地区へと差し掛かった。案内してくれたスタッフが後は真っ直ぐ進むだけだ、と説明して自分の持ち場へと帰って行く。

「・・・成る程ね。空前絶後の大事件、つっても過言じゃないわ」

 ゲンナリした顔の鵜久森が溜息と共にそう言葉を吐き出した。何についてそう述べているのか。答えは目の前にある。
 目算、30メートルくらい先。ぽっかりと円形に口を開けた綻びが見える。溜息が出る程の大きなサイズだ。大きな大人を3人、縦に並べたくらいのサイズ。人が一度に数名は通り抜けられそうだ。

「うわ、マジかよ。帰りたい」
「頑張って下さいよ上総さん・・・というか、今来たばかりですよ」
「気を引き締めろ、お前等。これ、規格外のサイズだぞ、ちょっと舐めてた」

 ――あ、ここからだ。ここから嫌な感じが湧き上がって来てるような・・・。
 加佐見は一歩、その穴との距離を縮めた。と言ってもまだ30メートル弱くらいの距離があるので微々たるものだが、それでも、もうこの先へは進まない方が良いと脳が警鐘を鳴らしているのが分かる。
 断言出来る――この綻びに潜んで居る『何か』は大変危険なモノであると。

「先に向かった人達、大丈夫でしょうか・・・」
「お、感知タイプの加佐見はどうだ、何か感じるか?」
「上総さん・・・その辺で待機していた方が良いかもしれませんよ。先鋒の人達、多分無事じゃないでしょうし・・・」

 へえ、と鵜久森が身を乗り出す。

「どうしてそう思う?お前は伊織程じゃないけれど、今いるあたし達の中じゃ感知能力は優れに優れてるからな。参考までにお姉さんに話してみろよ」
「どんな人外がいるのかは分かりません、けど・・・深く潜っているのは分かりますね。かなり霊界に近い所に、綻びを開けたと思われる人外がいるのは分かります。ただ・・・深く潜っているのが分かるのに、ハッキリと危険な人外である事を感じ取れるのは・・・初めてかもしれません」

 それは不思議な感覚だった。
 人外がとても強大な場合、対峙した瞬間すぐに分かる。けれど、今回は違う。目の前に対象がいないにも関わらず、感覚のどこかで『手に負えないくらいの大物』である事を認識しているのだ。正直、突かずに放置したいレベル。
 ――と、綻び付近にいた男の一人が近付いて来た。

「すいません、急ぎなんです。誰か、この綻びの中に降りられる方、います?」
「・・・はあ?そういえば先鋒の連中が帰ってないって聞いてるけど、それと関係ある?」
「ええ、連絡が付かないのです。どうも電波が届かないようで・・・」
「いや式神系統で連絡取れよ!え、何?無線か何かで連絡取ってたの?おまっ・・・そんなのでよく降りようと思ったな」

 鵜久森が呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。

「とにかく、綻びにはおよそ3つの層があるようで、さすがに縄使って降りるのは不可能だと・・・」
「ミルクレープみたいな?えー、どうするかな・・・見てみたい気もするけれど、あたし達には降りる手段が――」

「あ、僕行きますよ」

 話が混み合って来たので咄嗟にそう志願する。空中浮遊は伊織辺りの術師系が得意だが、宙に浮く手段なんて、術符以外にもある。
 しかし、それは鵜久森の意に沿わなかったのか、彼女は渋い顔をした。

「加佐見・・・お前はあれだな、優しすぎるからなあ。敵とタイマン張れって言われたら、逃がしちゃいそうなんだよなあ・・・うーん、まあ、仕方無い。人の命が懸かってるし、お前に任せるよ」
「はい、頑張ります・・・!」
「けど、何かおかしいとか、マズイ事になったら敵も降りてった連中も放って、お前だけで帰って来いよ。ミイラ取りがミイラにならないようにな」
「・・・・・はい」
「嫌な間だったなあ」

 ボソッ、と上総が呟いたのを尻目に、加佐見は恐る恐る巨大な綻びへと足を向けた。