第1話

3-5


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 真白は気にしなくて良いと言ったし、特に室内に加佐見の失態を責めるような空気があったわけでもない。
 それでも、何となく居たたまれなくなった加佐見は適当な理由を付けて待機室から出て来ていた。別にずっと待機室で待機していなければいけないわけではないし。

「上総さん、いるかな・・・」

 すでに上総の部屋の前に3分くらいずっと突っ立っている。
 頭の中では上総が不在か否か、そして「他人に怪我をさせる自分のイメージ」がずっとグルグルと際限なく巡っており、ちっとも心が休まらない。もっと言うと、ただ意識があるだけで疲れる。

「駄目だ・・・話を聞いてもらおう。上総さんなら・・・何か良いアイディアが・・・」

 決心を固め、目の前の戸を叩こうと手を伸ばした。
 が、それより早く戸が開け放たれ、目当ての人物が顔を出す。

「うおっ!?か、加佐見・・・?どうしたどうした、そんな所で。あ、もしかして俺の書類、不備とかあった?あー、昨日ちょっと何か忘れてるような気ィしてたんだよなあ」
「いえ。そうじゃないです。・・・その、ちょっと相談したい事が」
「え?あ、書類の駄目出しじゃ、ない?」
「あの・・・僕にそういう権限は・・・無いです」
「たまに鵜久森のお遣いとかするだろ、お前。で?相談が何だって?まあ、中入れよ」

 相談役。
 そんな役職は班内には無いが自然と上総はそういうポジションに落ち着いた、謂わば学校の『相談室の先生』みたいな存在である。本人曰く、「俺ってあんまり戦線に出ねぇから、必然的に思春期真っ只中の学生連中を相手する事になるんだよなあ」、だそうだ。そんなわけで、彼は少年少女の時に重く、時に軽い相談をよく聞いてくれる。
 手際よく茶と菓子を出した上総は、早速菓子の袋を開けながら「で?」、と話を促した。真摯に話を聞いてくれる態度ではないが、あまり深刻に受け止めないのでむしろ話をしやすい。
 まずは先程あったプルタブ事件の説明をした。が、目の前の上総は顔をしかめただけである。

「え?お前、千歳原にンな無礼な態度取ったの?良かったな生きてて。俺だったら今頃八つ裂きにされてるけど」
「上総さんでも殺されはしないと思いますよ」
「何その千歳原に対する生温い評価。まあ、あいつもいい大人っちゃいい大人だからなあ。子供相手にガチギレしたりはしないだろ。で、結局俺に何を相談したいわけ?千歳原に詫びの菓子折どれがいいって話だっけ?」
「いえ、違います」
「違うんかい」
「その、千歳原さんにお説教された時・・・ふと、思ったんです」
「え。あんこはこしあんがいいかな粒あんがいいかなって?」
「違います。菓子折から離れてください・・・!」
「ごめんて、怒るな怒るな。ちょっとからかっただけじゃん」