第1話

3-4


「あの、千歳原さん。そのプルタブを、こう、こうやって・・・」
「は?ぷるたぶ、とは何だ。というか、貴様は何を気味の悪い動きをしている・・・」
「いやっ、そうじゃなくて――」

 上手い事プルタブの開け方を説明しようとしたが、失敗。コタツから出たくないのでどうにかして自分で開けるか、ここまで缶を持って来てくれないだろうか。
 真白に助けを求めるも、相棒と後輩が仲良くしているようにでも見えたのか、ニコニコと静観の姿勢を貫いている。彼女、こういう所があるから予測不能だ。
 と、不意に千歳原が手に持っていた缶を手放した。ぎょっとするも、その缶は床に落ちる事なく空中を浮遊している。それが千歳原の力ではなく、加佐見自身の力である事にはすぐに気がついた。

「これを開けてみせろ。人間が開けられるのだ、俺が開けられんとは思わん」
「だから、説明してるじゃないですか・・・。こう、ですって・・・!」

 それは咄嗟――というか、反射にも似た思考だった。渦中にいる人物というのは、得てして最善を取り違えるものだ。
 加佐見はそのジュースを受け取る、という一番確かな方法をすっかり失念し、そのプルタブを自らの手足を使うような気安さで以て、念動力で押し上げた。
 ぱっ、と透明だが紫色の液体が飛び散る。
 その半分くらいを千歳原が頭から被った。避ける避けないではなく、炭酸が状況によっては破裂する常識を知らなかったのだと思われる。
 ぽたぽた、と前髪からべたべたする砂糖水を滴らせるのを見て、真実加佐見は震え上がった。缶は破裂したが、次に破裂するのはどう考えたって千歳原の機嫌である。その矛先は言うまでもなく、プルタブを開けるどころかその過程で缶を潰してしまった加佐見に違い無い。

「・・・これは、何がどうなったのか説明しろ。懇切丁寧にだ、小僧」
「・・・あ、えっと・・・その、プルタブを・・・開けようとしたら、力み過ぎて・・・缶を潰しちゃったみたい、です。す、すいません・・・ごめん」
「だろうな。まさか、他意があったわけではないだろうな?正直に答えよ」
「わ、わざとじゃないんです・・・ホントに・・・!」

 潰れたアルミ缶を床に置いた千歳原の表情はただただ無だった。いつもと変わらないような気もするが、心なしか滅茶苦茶怒っているような気もする。
 あらあら、とのんびり呟いた真白が不意に立ち上がった。

「タオルを取って来るわぁ。千歳が風邪を引いてしまう」
「俺が風邪など引くか、阿呆め。・・・おい!おい、聞いているのか、真白!」
「タオルはどこにあったかしら・・・」
「ああっ・・・!待って、真白さん・・・!」

 呼び止める男2人の声を完全に無視、というか聞こえていなかったのだろう真白が部屋から出て行ってしまった。怒りの発生源と2人きりである。
 ――ああ、これ、死んだかもしれない・・・。
 チラ、と千歳原の様子を伺う。立ち上がり、腕を組んで、背を壁に預けているが実際は結構濡れているので床に座れないのだろう。その視線は当然の如く自分に向けられている。

「あ、あの・・・すいません。僕、そんなつもりは、本当に」
「貴様、能力そのものは便利だが、制御の仕方が下手クソ過ぎるな。もっと積極的に使おうとは思わんのか?」
「え。いや、別に・・・」
「持っているものを活用しようとせぬから、上達しないのだ。使え、手足のように自在に操れるようになるまでな」
「でも、結構疲れるし、人を怪我させたりなんかしたら」
「先、潰れたのが俺の腕であったのならば認識を改めるのか?他人の怪我など知った事ではないが、『怪我をさせた後に』認識を改めても遅いぞ。詰めの甘い思考だ」

 言うだけ言うと千歳原は平時そうするように口を閉ざした。彼は会話する事を嫌がりはしないが、あまり口数が多い方でもないのだ。

「もっと・・・怒られるかと思ったな・・・」
「ふん。他人に怒りを覚えるなど時間と労力の無駄というものよ。貴様が誰を傷付けようと、或いは野垂れ死のうとあまり関係の無い事だ」

 独り言に律儀な返事があったそのすぐ後、真白がタオルを持って帰還した。

「ただいま。はい、千歳。タオルでちゃんと拭くのよ。加佐見くんも、あまり気にしないでね」
「真白、貴様は本当に空気の読めぬ奴だな」
「あ、それ私が教えた言い回し――」
「ではない!鵜久森が貴様に言っているのを聞いたのだ!記憶能力どうかしているのではないか!?」
「あらあら、そうだったかしら・・・?」

 ――何かもう怒ってないみたい・・・いや、そもそもあまり怒ってなかったのかな・・・。
 千歳原とはあまり仕事に行かないが、言う程悪い人じゃないのかもしれない。加佐見は少しばかり真白の相棒を見直した。