第1話

2-8


 びっしりと術式が書き込まれた右手。その黒々とした文字が蛇のように蠢いたのを見た、瞬間。瞬きの刹那に、式見はその手の中に日本刀のようなものを持っていた。描かれた術式は消えている。
 唐突に現れた『他者を斬り殺す為の武器』に驚いた加佐見は咄嗟に口を噤む。現代において、日本刀の所持は正式な手続きを踏まなければ認められず、銃刀法違反でお縄になってしまう――という基礎知識が脳裏を駆けた。
 そして、そのどう見たって斬れ味抜群そうな刀を見て、恐れ戦いたのは何も加佐見だけではなかった。対面し、ぐいぐいと角を押し込んでいた鹿の子。目を見開いた彼女は慌てて身を引き、式見から距離を取ろうとその身体を離す。
 待っていたとばかりに式見が左手に持っていた術符を下ろし、代わりに左足を一歩踏み込む。符を持っている左手は沿えるだけ、下段に構えられた刀の切っ先がくるりとひっくり返った。ふわり、舞うような動きで緩やかに優雅に腰を捻った式見が刀を振り抜いた。刀の峰は正確に鹿の子の首裏に当たり、音も無くお騒がせ人外は倒れ伏した。

「お、おおー・・・」
「任務完了だ」

 流れる水のような動きを目に焼き付け、血払いのような動作をした式見に惜しみない拍手を贈る。一応、鹿の子の意識が完全に無い事を確認した式見の右手から刀が消え、代わりに先程の術式がじんわりと指先から手首辺りにまで広がった。
 ――カッコイイ。
 抱いたシンプルな感情は戦隊もののアニメを見た小学生のような気持ちに似ている。尊敬と憧れ、同時に手の届かない神聖なものを目にしたような感覚。
 伊織でも、或いは別の誰かでもなく式見と組んだ時にだけ、心躍るのは幼い日に見た、レンジャーものにどこか何かが似ているからか。勿論、加佐見が所属している班の中に似たような戦い方をする者がもう一人ばかりいるが、彼は何と言うか、温度が無い。よって、囃し立てたり騒ぎ立てたりするのは失礼に当たるのでは、という何とも冷や水な先輩なのだ。

「怪我は」
「あ、いや、大丈夫です」
「それもそうか・・・」

 勝手に納得したらしい式見が手を伸ばして来る。

「え、どうかしましたか?」
「符」
「あ。これ、有り難うございました・・・」

 結局使わなかった新品の術符を回収、点検していた式見が不意に顔を上げた。何だ何だとその視線を辿ると、のんびり歩いて来る双子の片割れ・伊織が見えた。彼女はやはり呑気に手を振っており、急ごうとする気は微塵も感じられない。

「遅くなってごめんね。どうしたの、って訊いてるのに誰も答えてくれないからさ」
「す、すいません・・・ちょっと事情を打ってる暇が無くて・・・」
「あ、良いんだよ、加佐見くん。どうせ式見が片付けてくれるだろうなって思ってたから、私は回収作業を頑張るだけだし」

 言いながら、全く息切れせず優雅に登場した伊織は意識を失って倒れている鹿の子を指さした。いや、今回ばかりは一番に彼女が駆け付けて来なくて良かった。かなり鹿の子も抵抗して来たし、伊織が先に着いていれば血みどろフィーバーは免れなかっただろう。