第1話

2-7


「鹿の子はどうしている?」
「今、ですか?・・・この辺りにはいますね」

 姿が見えない鹿の子。ただし、霊力のようなものを伴った温い風がずっとあるので近くにはいるのだろう。様子を伺っているらしい。
 一つ頷いた式見は左手で符を持つと、空いている右手で何だかよく分からない、印のようなものを結んだ。手の体操かな、と最初見た時はそう思ったものだ。
 パリッと香ばしいような音が聞こえた。持っている術符からだ。宣言通り、式見は自身が持っている数枚の術符と、加佐見に渡した2枚の術符を同時起動させたらしい。

「これで、どうするんですか・・・?」
「二手に分かれて、鹿の子がもう一度突進して来るのを待つ」
「えっ。いやいや・・・あの、防御をかなぐり捨ててる式見先輩がぶつかったら、怪我では済まないと思いますけど・・・」
「その為の術符だ」
「・・・具体的にはどんな効果がある術符なんですか・・・?」

 一瞬だけ不自然に会話が途切れる。え、何かマズイ事でも聞いただろうか。
 ややあって、式見は問いに答えた。

「微弱な土気が込められている」
「・・・それで?」
「風は木気に属す。が、金剋木の金気を術符からは摘出出来ないから、土生金の土を生成した。効くだろう・・・多分」
「多分!?ちょ、先輩、血気盛ん過ぎですって・・・!あと、先輩の衝撃吸収はどうするんですか、そっちも解決してませんけど・・・!!」
「え。ああ、それは別対策を取ってある。あの人外、木からどこまで五行を辿れる?」
「すいません、そっち系は僕にはちょっと・・・。えっと?つまり、先輩の言葉をまとめると、ぶつかって来た所で符術を起動して――」
「術符はもう起動している。人外ホイホイ――あ、いや何でも無い」

 ポロッと溢れた発言で全てを悟った。
 自分自身が囮。突っ込んで来た所を術符が勝手に撃ち落とす。狙われてなんぼの作戦だが、本当に式見は衝撃を殺せる対策を取っているのだろうか。最後の攻撃に至ってはダンプに撥ねられるくらいの威力があったように感じたが。
 そんな加佐見の心配を余所に、ふらふらと式見が歩き出した。それはもう、どこから見ても無防備に。

「あ、危ないですって、先輩――」

 ごうっ、と風が呻った。どうやら別行動に出るのを待っていたらしい鹿の子が式見のすぐ後ろに出現。そのまま加速に加速を重ね、式見へ襲い掛かる。当然、加佐見の目にはほとんど何も見えないようなものだったので、跡に残った風の軌跡を追った結果、その答えに行き着いたのだが。
 瞬きし、状況を確認する。
 式見へ猛突進していった鹿の子はその足を完全に止めていた。ただし、滲む敵意は衰えること無く双子の片割れへと注がれている。一方で、鹿の子迎撃態勢に入った式見は僅かに顔をしかめていた。その手に持っていた3枚の術符のうち、1枚が溶けかけている。鹿の子の突進を受け止めた事からして、結界の類だったのかもしれない。

「あ、う・・・先輩・・・!」

 慌てて助けに入ろうと無理矢理心を落ち着けて、手の平を鹿の子へ向ける。落ち着かないと、シュークリームみたいに中身が飛び出してしまうかもしれない。
 が、そんな加佐見に対し、式見が右手で「待った」を掛けた。