第1話

2-6


 再び突進を繰り出そうとしてくる鹿の子に手の平を向ける。ソフトな感じでキャッチ、拘束して応援を待つ、という状態が一番望ましいが――

「・・・っ!」
「おりゃあああ!吹き飛べっ!」

 前よりずっと速い。
 動体視力の限界を超え、彼女の姿が掻き消える。翳していた手を慌てて引っ込めた。それと同時に衝撃。勿論、痛みは無いし怪我も無いが困った事になった、とどこか他人事のように心中で溜息を吐いた。
 何度見上げたか分からない青空をウンザリした気持ちで眺め、いつの間にか仰向けに倒れていた身体を起こす。
 手持ち能力の一つである念動力で鹿の子を捕まえようとしたのだが、見失ったので咄嗟に力を押し込めた。何と言うか、それは見えざる巨大な手に似ている。人一人くらいならばすっぽり包み込めるくらいの大きさの手。そんな手で見えない相手を捉えようとすればうっかり潰してしまいかねない。

「ううん、困ったなあ・・・ねえ、もう止めようよ。怪我しちゃうよ・・・」

 返事が無い。ただ、妙な風が渦を巻いているのが視えるので近くにいるのだろう。
 手加減が下手クソ過ぎて苦戦していると、パタパタと人間の足音が聞こえて来た。慌ててそちらへ視線を向ける。

「あ、式見先輩!」
「状況は」

 少しだけ息を切らした式見が現れた。手ぶらだが、いつも巻いている右手の包帯はすでに無い。代わり、その右手には黒いうねうねとした古典文字がびっしりと書き連ねられていた。
 ふわり、温い風が頬を撫でる。

「式見先輩、そこは危ないかもしれません・・・!」
「・・・?」

 状況を理解出来ていない式見に向かって吹く風。慌てて加佐見は式見にピッタリとくっついた。かなり近くにいる、敵意の無い存在は結界の中に巻き込めるからだ。
 案の定、ミサイルのような速度で突っ込んで来た鹿の子が結界に盛大にブチ当たり、跳ね飛ばされた。同時に倒れ込んだ加佐見はと言うと、背後に立っていた式見が片手で支えたので転ぶのを免れたが。

「す、すいません・・・!」
「あれが迷い人か」
「あ、はい。鹿の子って言うらしいです・・・その、人間を警戒しているみたいで・・・」
「適当に当て身でも食らわせる」

 ポケットに手を突っ込んだ式見が取り出したのは数枚の術符だった。そのうち2枚を抜き取り、差し出して来る。

「持っていてくれ」
「はい。・・・これ、僕には使えませんよ・・・?」
「俺が起動するから。持っているだけでいい」

 渡された術符をまじまじと観察する。真っ白な長方形の紙切れには、筆で書かれたであろう読めない文字列。符の下の方には赤い印が押してある。