第1話

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 門を潜り抜ければ別世界。
 まさに言い得て妙だ。じゃり、と踏んだ白くて丸い石の敷き詰められた道。この石、一つ一つが宗連の張る結界のまさに『布石』であり、人間以外は許可証を持った者しか入れない。こうした霊術院の大きな施設は全国に4カ所あるが、その中でも要塞とさえ言われる箱庭荘は、現状において侵入者を一度たりとも赦した事が無いらしい。だから何って話だけれど。
 庭園を通って職場に向かう。霊能者の数は決して多くはないが、それでも一纏めにするには人数が多すぎるので何班かに分けてあるのだ。ちなみに、加佐見の所属班は『特壱班』である。

「何だか忙しそうですね・・・ああ、もしかして嫌なタイミングと重なった・・・?」
「重なってるよ、諦めしかないわ」

 うんざり、と伊織が溜息を吐いた。その視線の先には顔を隠した中肉中背の女性らしき人物が行ったり来たりを繰り返している。その数は一人や二人ではない、数十人単位だ。
 緋袴を履いているのは全て式神なので、慌ただしい光景の中に人はいない。それはつまり、人間が箱庭荘から出払っている事を如実に物語っていた。
 廊下の端にたどり着いた伊織が制靴を綺麗に並べ、廊下へ上がる。ここからは靴厳禁だ。最初は分からずに靴で入ってしまい、上司にしこたま怒られた。掃除が大変だ何だと言われて。

「加佐見、前」

 靴をもたもたと脱いでいるとずっと黙っていた式見が不意にそう呟いた。顔を跳ね上げる、とそこには一斉送信でメールを送りつけてきた上司が腕組みをして立っている。部屋で待ちきれずに出て来てしまったようだ。
 特に怒っている様子でもないその上司――上総は早く来い、と手招きしている。迎えに来たようだが、それにしたって落ち着きが無い事この上無い。

「上総さん、わざわざ私達の事を迎えに来たんですか?」
「いや迎えに来たってか、遅すぎるから様子を見に来たんだよ。お前等さ、本当ルーズだよなあ・・・最近の高校生ってみんなこうなのか?」
「最近の高校生の定義がよく分かりませんけど、それは偏見ってやつですよ。急がなきゃいけない時はちゃんと急ぎます」
「今!その急ぐ時今だから!ったく、最近のガキにゃホント驚かされるぜ・・・」

 ぶつぶつ言いながらいつもの執務室へ入っていく上総。それを小走りで伊織が追い掛けて行った。こういう所が彼女の憎めない所だと思う。人が見てる時にはちゃんと走るんだもんなあ、特に他意は無いようだし、たぶん無意識で急いでいるのだと思うけど。
 慌てて上総達の背中を追い掛ける。その後ろを式見が着いて来ているのが分かった。ここで決して置いて行かないところが彼の彼たる由縁だと思う。