第1話

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 午後4時半。6限目の授業も無事終わり、終礼も終わった。後は家に帰るだけだ、とそこまで考えて今日がバイトの日である事に思い至る。間違って帰ったら怒られてしまう、というか呼び出されてしまうだろう。
 神嶋小夜志は教科書を学生鞄にしまうと、再びその席に座った。
 クラスメイト達が笑いながら教室を出て行くのをぼんやりと見送る。今日の6限目は時間割変更で英語だった。それだけでもごっそりとやる気を削られていくようで、どことなく気怠い。

「ヘイ、神嶋くん、待ったかい!?」

 自分とは正反対の陽気な声に顔を上げる。見れば、教室の外に先輩方が立っているのが見えた。男女の2人組だが、顔がとても良く似ている。見分けが付かない程ではないけれど、血縁者感がビシビシと伝わってくるくらいに。
 高校でも有名な男女の双子。快活に笑うのは黒い長髪を編み込んだ女子生徒で、名前は仁実志紀。
 そしてもう一人、先程から一切口を利いていない男子生徒の方は仁実架織。ぼんやりとした顔をしており、どこを見ているのか定かではない。彼は右手に真っ白な包帯を巻いていた。怪我をしているわけではなく、常日頃からそうである。
 彼等は学校での先輩だが、同時にバイト先での先輩でもある。特に人手が足りていないわけではないそのバイト先は、こちらに気を利かせてバイトの日を同じ日に設定してくれているのだ。

「あ、今、終礼終わりました。お待たせして、すいません・・・」
「よーしよし、じゃあ今日もお仕事頑張ろうね!」

 学校が終わった後だというのにどこにそんな力が有り余っているのか。志紀はそう言うとあっさり踵を返した。その後に無表情な双子の兄が続く。
 週に2度程、こうして3年生の先輩と帰っている姿がクラスメイトに目撃されている為か、勝手に『近所のお兄さんお姉さん』と認識されている双子。自分には手の届かないような、教室のカースト制度天辺に陣取っているような人達に、最初は気後れした事もあった。ただ、すでに1年程この生活を続けているのでもう慣れてしまったけれど。
 それによくよく観察してみると、顔だけはそっくりなこの双子は態度や振る舞いが真逆で面白い。
 例えば、今後ろ姿を見ているだけでもその差は顕著だ。兄である架織の鞄には明らかに教科書が詰まっており、大変重そうだ。が、妹である志紀の鞄は薄い。彼女も普通に鞄を持ち上げているので恐らくかなり軽いだろう。

「――加佐見、仕事の時間だ」

 低い声。それで我に返ると、無表情な架織の視線がこちらに向けられている。
 さて、仕事の話をしよう。高校生がバイト云々言っている時点でやや訳あり感が否めないが、訳あり所の話では無い、実は。何故なら自分や双子は、もうそこへの就職が実質決められているからだ。