2話:悪意蔓延る町

02.フリースペース(2)


 ***

 フリースペース、という場所は今までのゲームの雰囲気から一転して近未来的なデザインだった。
 白を基調とした電脳空間、とでも呼べば良いのだろうか。社にいる時よりも、ずっと現実味がない。真っ白な空間につるりとしたデザインの床が広がっており、大広間程度の広さだけを持つスペース。

 ――これがフリースペース……。味気ない感じが開発途中感に溢れてるなあ……。
 周囲を見回せば同サーバーのプレイヤーと思わしき人物達が3人程、スペースのど真ん中で楽しげに会話している。誰も彼も自分と同じくらいの年頃だ。こんなバイトをしているのなんて、学生くらいなものなのかもしれない。もしくは、サーバー毎に同じくらいの年齢層を集めている可能性もあるが。

 不意に持っていた端末が振動する。目を落とせば、久々に見る文字でのチュートリアルが表示されていた。

「プレイヤー名について?」

『あなたのプレイヤー名は『黒桐12』です』

 どうやら「適応色の黒」、「桐埜花実の桐」、「12サーバー」から自動生成されたらしい。プレイヤー名を入力した記憶はない。本名が勝手に晒されても困るのでよかった。
 ちなみにプレイヤー名は自室でのみ変更できるらしい。何故か赤文字で『本名は絶対に使用しないで下さい』と強調されている。近年での個人情報管理は厳しくなっているので、当然と言えば当然だ。

「どうかされましたか、召喚士殿?」

 影が差した、と思えば烏羽がこちらを覗き込んでいた。どうやら彼にはスマホの画面が見えないらしい。
 密やかな烏羽の声が他プレイヤーにも聞こえたのだろう。話し込んでいた3人――と、その相棒神使が一斉にこちらを見る。
 反応は様々だったが、連れの神使達は軒並み烏羽を不審そうな目で見ていた。やはり、彼は同僚からの信頼がゼロを振り切ってマイナスらしい。あの狂人っぷりを見るに妥当な反応と言えるが。
 一方で恐らく花実と同程度の知識量しか無いであろうプレイヤー達は「新しい人が来たな」という極めてフレンドリーな反応だ。手を振り、参加するよう促してきた。

 人数は3人、そして3人の神使。
 1人目は男性。この中では少しだけ歳を食っているように見える。頭上にはプレイヤー名と思われる『赤元12』が表示されていた。連れている神使は薄桜だ。
 2人目は女性。プレイヤー名は『赤尾12』であり、薄藍を連れている。
 3人目も女性。『青山12』、連れている神使は――初めて見る神使だ。少なくとも花実はまだ、ストーリーで出会っていない人物である。

 赤元12が話し掛けてきた。先にも述べた通り、非常にフレンドリーでコミュニケーション上手だとすぐに分かる。

「ちわーっす。黒桐さん、もしかしてフリスペ初めて? オレ、割と毎日来てるけど初めましてじゃん。よろしくぅ!」
「こ、こんにちは。えーっと、最近ようやくストーリー進めたから、フリースペースに入れるようになりまして」
「固いねえ。全然気楽にしてくれてオッケー! 楽しくやろうよ」

 ――押しが強い!
 見れば、一歩後ろで烏羽がクスクスと笑っている。人が困っているのを見るのが楽しいのだろう。ブレない奴である。
 そんな空気を察したのか、青山12が雰囲気を変えるように明るい調子で喋り始めた。

「黒桐さんの神使、私初めて見たなあ。なんか強そうだし、ちょっとゴツいね。薄色系じゃなさそう!」

 その言葉に赤尾12が同調する。

「確かに。レア度もステータスもないから何とも言えないけど、見た目は戦闘特化っぽくない? えー、うちの薄藍くんは不意討ち特化だから普通のアタッカー欲しいんだよね。ニコニコしてて愛想も良いし、うちにも来てくれないかな」
「まーた運用の話してる……。赤尾っち、そういう話好きだよね。戦闘民族じゃん、ウケる」
「そのうち始まるイベントとかの事を思ったら、効率化する事によりあらゆる時間を短縮出来るじゃん。これもゲームが嫌にならない為の身の振り方よ」

 ――ニコニコはしてるけど、愛想は別に良く無いし、ガチ物の愛想笑いだよ。
 流石に出会って数分の人に烏羽の本質を愚痴る訳にもいかないので、引き攣った笑いで受け流す。
 そこそこの付き合いがありそうな他プレイヤーの話に耳を傾けていると、青山12がついに花実へと話を振る。

「ね、お連れの神使くんは何て名前なの?」

 答える前に、何故か烏羽が口を開いた。

「私、烏羽と申します。以後、お見知りおきを。ふふ……」
「わ! 礼儀正しい。へーへー、いいなあ。こういう神使もガチャから出て来るんだ。あ、でも私は青色だからガチャから青ばっかり出て来るんだっけ?」

 青山12に対し、唯一の男性プレイヤーである赤元12が否定の言葉を吐き出す。

「オレ、適応色は赤だけど最初のガチャ以外、フツーに青とか緑とかも出てるよ。あんま関係無くない?」
「そうなの? 私、この間始めたばっかりだから、まだ2回しかガチャって無いんだよね。どっちも青系だったし。まあ、夢が広がるからよし!」

 ――え、待って。私はいつ次のガチャ回せるの?
 既に2人以上の神使を抱えてそうなプレイヤー達の会話を尻目に項垂れる。烏羽と2人きりというのは割と精神に来るのだ。もう一人くらい、社にお招きしたい所存。
 と、ここでゲームガチ勢らしき女性プレイヤー、赤尾12が花実に訊ねる。

「烏羽以外の神使はどんなのを引いてるの?」
「あ、いや、まだ烏羽しかいなくて……。大体、どのくらいの周期でガチャって回せるんですか? 1週間近く遊んでるんですけど……」
「え? 3日に1回くらい回せるよ。アカウント毎に頻度が違うの? いやでも、これはβ版で、ある程度神使が揃ってないと遊べないストーリーになってるし、1体で頭打ちなんて事は……」

 悩み始めた赤尾12の連れている神使、薄藍が悩める主人に対し意見を吐き出した。

「主殿。我々、神使は召喚時に必要な輪力がそれぞれ異なります。僕や薄桜は軽い輪力で召喚できますが、烏羽殿は――恐らく、相当な重さがあるかと。よって、再召喚が可能になるまで時間を有しているのではありませんか?」
「レア度とか無かったよね、君等。なのに必要経費に違いがあるの? 意味分からん」
「レア度、というのは僕には分かりかねますが……。神使は同個体ではあり得ない。必要輪力から体格、性格に成長速度まで様々です」
「いや、個体差の話ではなくてね? 神使が何体いるのかは知らないけど、召喚の間が開く事があるのは、そういう裏の数値があるからか。ふーん、また一つ賢くなったわ」
「……主殿が数字のお話で納得されるのであれば。それ以上は言いませんけれど……僕達の事を数字扱いするのはお止め下さい」
「あー、うん……」

 赤尾12がまたも深い思考に嵌る。彼女も多分、ゲームはゲームと割り切るタイプの人種なのだろう。ただまあ、あまりにも気持ちよく割り切っているようだが。