1話:対神の治める土地

13.対神(4)


「おや、随分と都合の良い事を仰いますねえ、ええ。薄藍殿は先程まで我々に村から出て行くよう言っておりませんでしたか? 立場が悪くなるとあっさり手の平を返されるようで、はい」
「……その節は悪い事をしたわ。謝罪する」
「謝罪ぃ? 要りませんねえ、何の役にも立たないので。ええ」

 弱者をいたぶる姿勢を見せる烏羽に対し、薄桜は追い詰められた小動物のように警戒している。
 嫌がられていると分かっているだろうに、大層愉しそうな顔をした烏羽は言葉を続けた。情け容赦はない。

「そもそも薄藍を生かすか殺すかの話において、今更考えるべくもないでしょうとも。主神がいない限り、実質の命綱である召喚士の殺害は詰み一直線です。ええ。その命綱を見るも無惨に切り裂こうとした薄藍の始末――当然の如く、当然のお話では? そうでしょう、召喚士殿」
「確かに、薄藍が召喚士を殺害しようとした事実は消えて無くなったりはしない。でも! 明らかに正気ではなかったし、今は意識も回復しているわ。この先きっと貴方の役に立つと思うのだけれど、召喚士様?」
「ハッ、今更白々しい態度を。結局は感情論ですか? ええ、議論の場に私情を持ち込まないで頂きたいものですねぇ」
「うるさいな! とにかく、決定権は召喚士に委ねるって言ってるでしょ」
「それは薄藍殿が勝手にそう言っているだけなのですが。私は召喚士殿に仕える最初の神使として、相応の発言力を持つかと思われますよ。何せ、我が主は右も左も分からない赤子のような物ですので」
「は? 神使風情が、召喚士という名の主に進言を? あんたこそ、主神への背信行為じゃないかしら?」
「そうは言っていませんよ。ええ。ただ私はお仕えする立場として、召喚士殿にとって有利に事が運ぶよう助言しているだけです。曲解して貰っては困りますね」

 バチバチと火花を散らす烏羽と薄桜。言い合いはヒートアップしているが、処遇を話し合われている薄藍と、決定権を持つ召喚士の自分は蚊帳の外だ。
 ――と、不意に件の薄藍と目が合った。
 先程までとは変わり、僅かに見えている片目からは確かな意思力を感じさせる。対神の彼女が言う通り、確かに正気と思いたくなるような顔色だ。

「……」

 神使達が言い争っているのを尻目に、薄藍に対し手招きしてみる。少しばかり首を傾げてみせた彼は素直に花実の指示に従った。しっかりとした足取りで目の前にまで移動してくる。
 身長は自分と同じくらいだろう。薄桜よりほんの少しだけ背が高い。
 呼ばれた彼は至って取り乱す様子も、襲い掛かって来る様子も無く問いを口にした。

「何か御用でしょうか、召喚士殿」
「……あのさ、結局、君はどうしたい? あっちの2人は勝手に揉めてるし……」
「僕の意思を尊重する必要はありませんよ。現状、主神が不在ですので貴方の決定は主神の決定と同義。それが、神使風情の意見を求める事などありません。ですが――こんな僕でも使って頂けるのでしたら、身を粉にして働きましょう」

 ――今後のストーリーで助っ人してくれる伏線かな? 嘘を吐いている様子もないし。
 基本的に『神使』はプレイヤーサイドの存在だ。悪戯に数を減らしては、メインストーリーが味気なくなるに違いない。そして端的にハッピーエンド主義者でもあるので、正気に戻っていそうな彼をどうこうするのは気が引ける。

「ところで、召喚士殿」
「……?」
「確かに僕は正気ですが……それでも、あんな事をしでかした者を簡単に近付けさせるのは如何な物かと……。あまりにも警戒心が薄すぎる」
「ああ。まあ――」

 ゲームだし、という言葉を呑み込む。データ相手にデータの話をするなどナンセンスだと思ったのだ。途中で言葉を切ってしまったせいか、薄藍は小首を傾げている。

「ちょっとぉ! 召喚士殿!! 何をしていらっしゃるのです!?」

 本気で困惑したように声を荒げる烏羽。そこで我に返った。
 相変わらず言い争っていた彼等はこちらを向いてドン引きしているのが伺える。どう反応すべきか逡巡していると、ツカツカ歩み寄ってきた初期神使から肩を掴まれ、強制的に薄藍から距離を取らされてしまう。

「私の話を聞いていましたか、貴方!? それとも聞いた話や起きた出来事をすぐに忘れてしまう、鳥頭仕様の脳味噌を装備されているのでしょうか? ええ、流石の私も吃驚です!」
「いやでも、別に危険な感じは――」
「平和ボケした貴方の感じ取る能力など高が知れていると言うもの。寝言は寝て言ってくださいね、ええ」

 烏羽、と険のある声を出したのは薄桜だ。眉根を寄せてこちらを指さす。

「あんた、召喚士相手に何て態度なの? 本当、そういう所だよね。主神の手札をいいように操ってやろうとでも思ってるんでしょ」
「んんっ、失礼致しました。しかし召喚士殿、これも御身を思っての叱責……どうか、私の言い分も受け止めて下さいますようお願い致しますよ、ええ」

 ――私を心配している部分がすべからく嘘なんだけど。
 信用ゼロの烏羽にジト目を手向けると首を傾げられた。薄藍が同じ動作をした時は少しの可愛らしさがあったが、彼がすると禍々しいので不思議だ。
 そうして、誰も彼もの反論を封じるように彼は早急に言葉を続けた。気を抜いたら、彼は延々と喋り続けている。

「さあ、召喚士殿。お下がりください。薄藍に関しましては、この烏羽がきっちりと始末しますので。ええ」
「ちょっと……」
「薄色しりぃず程度、鮮やかに終わらせて見せましょう。ええ、よろしいですね? 薄藍」

 始末対象にそう声を掛けた烏羽だったが、当然の如くそれを遮ったのは薄桜だった。目を怒らせているのが伺える。

「何度も言わせないで! 駄目だって言ってるでしょ!!」
「お前に発言権はありませんよ、薄桜。先程から大変喧しい。ええ、貴方には結界の維持管理という仕事があるので見逃している事を忘れませんよう……」
「召喚士! 召喚士様、お願い、コイツを今すぐに止めて!!」

 烏羽とまともに会話するのが無駄だと感じたのか、あまりにも必死な彼女の声が耳朶を打つ。そう、蚊帳の外だった召喚士へと。