結果的に言えば、《今のところは》何も起きていない。ただ緩やかに流れる旋律と真白の透き通るような歌声のみが響いている。
しかし、ちぐはぐだな、と真白はぼんやり考えた。
本来出し物をしている側がステージに上っているはずだが、地位的な問題で王の方が上座に腰掛けている。この世界では当然のことかもしれないが、現代日本に生きていた真白にとってみれば疑問であった。
自分の歌声と同族たるディラスが奏でる旋律が混ざり合って溶けていく。ほとんど初めての感覚に戸惑いを禁じ得ないが、これが音楽の本来あるべき姿なのかもしれない、と一人で納得した。
彼に言えば、彼は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をするだろうが、こういう場を設けてくれた王様には感謝しなければならない。やはり、聴いている客がいる方が絵になるものだ。
伴奏を右から左へと聞き流しながら、ちらりと相棒を見る。
――目が合った。珍しく穏やかな顔をしているから、何やかんや言っても楽器に触れている時が一番安らげるらしい。
――サビへ入る。一番、盛り上がる所へ。
傍目見ては分からない程度に真白が大量の酸素を吸い込む。
刹那。
ガッシャァン、というけたたましい音を立てて右側の窓が割れた、一枚だけ。一瞬ぎょっとしたものの、旋律が止まない限り真白が歌う事を止めるはずもなく、割れた窓の方を見るだけに留まった。
――《歌う災厄》、そんな不穏な単語が脳裏を過ぎる。
「真白」
「・・・何?」
「お前のせいではなさそうだ。見ろ、人影」
割れた窓から軽々と侵入して来た人間。確かここは4階ぐらいの高さがあるはずなのだが、それをものともしていない。
舞い上がった煙が晴れる頃。
一番に目に入ったのは、圧倒的存在感を放つ赤いバングル。
――王国革命軍、《賢人の宴》。