02.

 宿の外へ着けば、何だか豪奢な馬車が停まっていた。真白にとって馬車は鬼門なので、隠しもせず顔をしかめる。誘拐された記憶はつい最近のもので、それに対する嫌悪感は薄れてなどいなかった。
 ――どうせ、馬車に乗るのは行き帰りだけだから。
 そう納得して出て来たのに、思わぬ伏兵がいたものだ。

「ディラス、ディラス。あれに乗るの?」
「十中八九そうだろう。王族の紋も入っているし、何より兵士がこっちを見ている」
「居心地悪い・・・」
「我慢しろ」

 呑気な事この上無い会話をしながら、無表情で待っている王族兵に歩み寄る。武装している彼等は深々と頭を下げた。奇妙な感覚を覚え、目を逸らす。人に敬われるというのは慣れない。
 片手に上等な槍を持ったまま、形式的に二人の兵士が尋ねてくる。

「招待状をお見せ下さい」

 真白は首を傾げた。そんなもの、貰った覚えが無い。どうしようかとディラスを見上げれば彼はその長い指に例の封筒を挟んでいた。
 その封筒――否、金箔で描かれた王族の紋を見えるように兵士へ向ける。

「それ・・・」
「中身をちゃんと読まなかっただろう、真白」
「うん。興味無いもの」
「そうだろうな。これが城へ行く為の招待状だ。偽装のしようがないからな」

 成る程、道理である。これ程信用出来る手形は無い。
 まじまじと封筒を確認した兵士がまたも恭しく頭を下げる。

「確かに拝見致しました。お乗り下さい」
「承知した。・・・行くぞ」
「・・・はーい」

 本当は行きたくなかったが、ここで駄々を捏ねるのも幼稚だと思い直し、馬車へ乗り込む。椅子はふかふかのソファみたいだった。乗り心地が言い。まるで、現代の高級車のように。ただ走り出したらきっと揺れるだろうけど。
 真白の正面に座ったディラスは馬車が発進したのを確認し、呟くように問うた。

「・・・お前は僕が目を離した隙に何かやらかしたか?」
「いいえ。だって、ずっとキリトがいたじゃない」
「あの時、よく残ると言ったな。あいつとお前の相性は最悪だと思っていたが」
「最悪だったわ。だって、私達は会話らしい会話なんてしていないから」

 それは、半分嘘で半分本当だ。何かと儀礼を重んじるキリトと真白の相性は、生前からすでに最悪だったのだから。万能型と特化型。相容れるはずがない。まさに、水と油のような関係と言って間違い無いだろう。

「・・・どこから、僕達が宿泊しているという情報が漏れたんだろうな」
「知らないよ、そんなの」

 それっきり、会話が終了。車内に静謐が満ちた。