08.

 それから暫くして、ディラスが帰還した。その頃には、真白は楽器の並ぶ棚を眺めていたしキリトもまた他の仕事をしていたので、帰って来たディラスは何もアクションを取らなかった。
 ただ、静かな店内を見てやや安心しただけらしい。

「僕のヴァイオリンはどこだ?」
「そこにあるだろう、自分で取れ」

 そんな会話を交わし、ケースに収められているヴァイオリンを手に取る。もちろん、杜撰な仕事がされていないかを確かめる為にそのケースを開いた。
 横目でそんな作業をちらちらと見る真白はすでに何もかもに飽き、そうそうにどこへでもいいから帰りたかった。立ちっぱなしで足が棒のようだ。そんな視線に気付いたらしい音楽家は再びヴァイオリンをケースに収め、店長へ声を掛ける。

「確かに確認した。僕達はもう帰るが、いいな?」
「あぁ。帰れ帰れ。見ての通り、俺は忙しいからな」
「ふん、愛想のない男だ」
「お前だけには言われたくないな・・・!」

 冗談めかしたやり取り。そうしてようやく、蔑ろにされていた真白は自分への声を聞く。

「帰るぞ、真白。もう寄りたい所は無いな?」
「無いよ。それより、早くゆっくりしたい。何が15分よ。20分以上経ってるじゃない」
「品物を選ぶ時間を考慮していなかった。というか、着いて来ればよかっただろう。何気なく僕のせいにするんじゃない」

 そのまま、くるりと調律師に背を向けた。
 ――別れの挨拶など、必要無い。