06.

「・・・おい」

 ディラスの声で我に返る。それまでずっと見つめ合って――否、睨み合っていたのだ。例によって真白と調律師の相性が良くなかった事を憂うように、音楽家はほんの少しだけ顔をしかめる。
 しかし次の瞬間にはいつも通りの無表情へ。

「キリト。こいつは真白だ。訳あって僕の連れとしてここにいる」
「連れ?お前がか?・・・ふん、連れね、連れ」
「そう言わないでもらいたい。そして、真白。そいつは調律師のキリトだ。無愛想だから無駄な話はしない方が良い」

 俺の説明は雑だな、と気にした風でもなく、しかし皮肉を込めて言った調律師のキリトは一つ溜息を吐いた。

「そんな無愛想な俺からのお遣いだ。俺は今、手が離せない」
「・・・間が悪かった、か」
「そう言うな、ディラス。お前のヴァイオリンの弦を全て入れ替えたせいで、弦がまったく無い。いつものを買って来てくれないか」

 ふむ、とほんの少しだけ悩むように黙ってから、音楽家は鷹揚に頷く。仕方が無い、と。その間、真白はと言えば黙って大人達の会話を聞いていただけだった。
 そんな彼女にもまた、唐突に火の粉が降り掛かる。

「お前はどうする、真白?着いて来るか?」
「・・・どのくらい時間が掛かるの?」
「そう遠くは無い。15分で帰って来るが、どうする?」

 真白もまた少し悩んだ風に黙り、やがて首を横に振った。

「すぐ帰って来るのなら、もう私は動きたくないからここにいる。いってらっしゃい」
「あぁ。それじゃあ、少しの間、ここに真白を置いて行くが――どちらも、絶対にトラブルなんて起こしてくれるなよ。後処理が面倒だ」

 しっかり皮肉を言い返し、そのまま躊躇い無く背を向けたディラスが何も無い部屋から出て行く。
 真白はただただ、その背中を黙って見つめていた。