06.

 久しぶりにやって来たヴィンディレス邸は荒れるに任せて放置してあり、記憶にある館より随分と古びていた。植物は伸び放題、崩れた壁などは更に脆く、石ころのように砕け散っている。
 人気が無いその屋敷はかつて華やかな貴族の姉妹が住んでいたとは到底思えなかった。
 感傷に浸るなんてそんな事無いままに真白は勝手知ったる人の家で中へずかずか入り込んでいく。後ろからディラスがヴァイオリンケースを担いで入って来るが、彼もまた感傷的な雰囲気は一切なかった。

「変わってないけど、前に来た時よりも酷い事になってるね」
「そうだな。周りに住宅地も無い。適当な部屋へ行こう。さすがに廊下は風情が無い」
「風情?変わった事を言うようになったのね」
「まさか。例えだ」

 ひょい、と肩を竦める。そんな間にも真白は壊れていないように見える部屋を選び、中へ。こういう乾ききっている所は両者極端に似ていると言えるだろう。

「何をすればいいの?伴奏に合わせて歌えばいい?でも、ピアノとか弾く人いないけれど」
「お前が他人に合わせるなんておよそ不可能だろう。好きなようにしろ。僕が合わせる。慣れない事をされるとこちらも困るからな」
「失礼な・・・」

 ぶつぶつ言いつつも、確かにその通りなので楽譜を見ながら――

「・・・楽譜、私の分しか無いんだけど。まさか自分用に複製作ってるなんてこと――」
「あるわけがないだろう」

 大丈夫なのかそれは、という意を込めて保護者の男を見れば彼は心外そうに首を振った。見くびるな、と。

「書いている段階で記憶している。お前は気にしなくていい」

 ――さすがの職人気質である。
 感心しながらも、音程を確認。いつでも始めていいぞ、という視線を送る。

「――いくよ」
「ああ」

 息を吸い込んで、吐く。
 そうして、荘厳なヴァイオリンの音と自分の歌声が解けて溶けて融けて混ざる音を聞いた。夢みたいで、でも夢じゃない。伴奏に合わせなくとも吸い付くように重なるように、最初から一つだったように旋律が交差する。
 自分が上手で美しい歌を歌えると自負した事は無い。ただし、自分自身の価値は自分が一番分かっている事だけは解っていた。だから、他人の評価なんて気にならなかったし、奏でられる音色が歌声と合っていない事も知っていた。
 だけど――それでも、言葉に出来ない程に。
 欠けた足りない何かを補助し補い埋めてくれるのは、きっと彼以外にいないのだろうと漠然とそう思った。