アルフレッドと別れた真白はやはり邸内を歩き回っていた。元の世界での生活は基本的に音楽漬けだったのでそれを封じられるとやることが一瞬にして無くなるのだ。
しかし、それでも昔は退屈した事などあまり無かったように感じる。
伴奏こそ不要物だと思っていたが、一応はボーカルに合わせる形で演奏してくれる、所謂『仕事仲間』がいたわけだし、暇になれば会話ぐらいしたりしていたかもしれない。うろ覚えだが。
「あれ。真白じゃん。何してんだよ」
「・・・マゼンダ」
背後から声を掛けられ、振り返る。そこには燃えるような赤毛とそれを急速に冷やす碧眼の瞳を持つ女性――《ジョーカー》ことマゼンダの姿があった。そしてその後ろにはお馴染みの見飽きる保護者、ディラス。
珍しい組み合わせだと頭の隅で考えながら、彼女が口を開くのを待つ。話し掛けて来たのだから何か用事があるものかと思ったのだ。
――が、奇妙な沈黙が流れる。どちらも口を開かず、傍観に徹しているディラスが助け船を出す事も無かったからだ。
「ちょ、真白っち!?何か喋ろーぜ!?あたし、何かすっごく間抜けみたいじゃん」
「話し掛けて来たから何か用があるのかと思ったの」
「用が無かったら話し掛けちゃ駄目なの!?」
「おい」
うんざりしたようにディラスが口を挟む。そういえば彼もいたのだった。
「真白。今少し忙しい。これを渡すから、声を出さずに音取りだけしておけ」
「何、その鬼畜仕様」
「黙れ。歌詞入れもしていないが、僕は歌詞を考えるような人間ではない。よって、お前が考えろ」
「私も歌詞とかあまり考えないのよ、これが」
「そうか」
「おいおい、ホントお前等の会話って殺伐としてるよなー。あたしのトコは煩い奴二人揃ってっから何か色々濃いのに」
何やら楽譜を真白へ手渡したディラスがふん、とマゼンダの言葉を鼻で嗤った。とはいっても表情そのものは無であり、小馬鹿にされているというか本気で馬鹿にされているとしか思えない。
「お前達と一緒にするな。僕は煩い人間が嫌いだ」
「あーあー!悪かったな煩くて!ったく」
「行くぞ。時間が惜しい」
「ディラス・・・お前ってかなり頻繁に会話全投げするよな。もっとこう、意志の疎通!あたし、エスパーじゃねぇから!」
「何をしているの?」
「お前は知らなくて良い」
問うた真白。しかしぴしゃりと保護者にそう言われ、不満に思いながらも口を閉ざした。人にしつこく物を問うのは好まないのだ。
しかし、悪戯っ子じみた笑みを浮かべたマゼンダがさらりと補足する。
「アル――あぁいや、アルフレッドのヤツさが、何か王都がどうちゃらってあたし等を呼び出したんだよ」
「・・・おい!」
「あーもう、ディラスよぉ・・・そう目くじら立てんなって!どうせ、どっからか情報なんて漏れるもんなんだからさ」
「それ・・・もうすでに私、知ってるよ。何か近々行くって、言ってた」
「何だと?」
険しい顔をして黙り込むディラス。ややって首を横に振った彼はくるりと踵を返した。首だけ振り返り、楽譜を指さす。
「とりあえず、音取りだけはしておけ」
「・・・分かった」
「多少は、音を出しても構わない。アルフレッドは上手く誤魔化しておく」
「りょうかーい」
「おーいおいおい!何言っちゃってんのお前!あたしは認めないからね、ンなの!!」
マゼンダの中性的な声が廊下に響き渡った。