02.

 双子と別れた真白は何をする訳でもなく邸内を徘徊していた。生憎とディラスの姿は見えないし、こういう時、話し相手というか遊び相手になってくれるマゼンダの姿も見当たらない。
 さらに邸内では歌う事は愚か、鼻歌を奏でる事すら禁止されている。やる事が無い。楽器なんかは人の物じゃなければ勝手に触っても良いと言われたが、そもそも楽器の類などほとんど触れた事も無いので暇潰しになるとは思えない。というか、壊しそうで恐い。
 《歌う災厄》もこうなってしまえばただの暇を持て余す少女に変わりは無かった。
 そんな、獣が獲物を捜すようにウロウロと歩き回っていれば不意に後ろから声を掛けられた。

「・・・何か」
「おい・・・俺、一応ここの主人なんだが。露骨に嫌そうな顔するんじゃねぇよ」
「そんな顔してないわ」

 苦笑し、邸宅の主――貴族、アルフレッド=ヴィンディアは肩を竦めた。彼は《道化師の音楽団》団長にして真白を『こちら側』に引き込んだ張本人である。が、それを差し引いたとしても何だか苦手な人種である事に違いは無いのだが。
 顔に出ていただろうか、そんな事を頭の片隅で考えながら目を細めてシニカルな笑みを浮かべる団長を見やる。早く用件を話せ、という意味を込めて。
 それだけで全てを理解したのかまるでさっきのやり取りが無かったかのように用件を述べ始めるアルフレッド。

「どうだ、もう一ヶ月ちょっと経つが、ここでの生活も慣れてきたか?」
「うん、まぁ、快適。ここにいるだけで安全だし――けれど、歌えないのは残念ね」
「それに関しては悪いと思ってるんだぜ、俺だってな。だが、お前の為にいちいち邸内を破壊されても困るから我慢しろよ」
「・・・私のアイデンティティ」
「分かってるっての!お前、本当にディラスそっくりだな!そんなに歌いたいなら、早く楽譜作れってアイツを急かせよ」
「どうしてディラスを焦らせたら私が歌えるようになるの?」

 あー、と言葉に詰まったアルフレッドが唸りながら何事か考え込む。それを黙って待つ真白。
 ややあって、彼が口にした言葉は先程の会話とはまるで関係の無い話だった。

「こっちが本題なんだが、近々、王都へ出掛けようと思う」
「そう。行ってらっしゃい」
「・・・お前とディラスも行くんだよ。というか、人数はまだ決めてねぇが、王都一度も行った事が無いだろう真白と保護者のディラスは確実だろうな」
「王都って何?」
「あぁ?王都、って言えば・・・王様が住んでる都だろ。いいぜ、華やかで。インスピレーションが湧いてくる」
「それは・・・行ってみる価値が無いことも、無いことも無いかもしれないね」
「どっちだよ・・・」

 最早、団長のリアクションは無視してまだ行った事が無い『王都』なる場所を想像する。そういえば今の所、この世界で訪問した場所と言えば小さな街二つにヴィンディレス邸、そしてここ、ヴィンディア邸のみだ。
 どうせやる事も無いのだし、もし誘われたら行ってみよう。
 心の片隅でそう決めて、踵を返す。普通に会話出来ようとも、やはりアルフレッドという人間は苦手だった。あまり長居はしたくない。