01.

 降りしきる雨が黒い服を濡らしていく。漂う重々しい雰囲気と曇り空が妙に合っていて、余計に気分が重くなった。
 手に持った花束を石の墓前に添え、手を合わせる。
 墓石に書かれている名前は言うまでもなく――アークヴェルトその人のものだ。
 花を供え、クレアは天を仰いだ。目に雨粒が入ったがそんな事は気にならなかった。

「――クレア、傘ぐらい差したらどうだ」

 ふわりと差し出される傘。顔を上げればレクターが立っていた。彼と顔を合わせるのは随分久しぶりのような気がするが、実際には3日ぶりである。
 ゆっくりとクレアは思い返す。
 ヴェルトから逃げろと一喝され、逃げ出したあの瞬間を。ブラッド達を見つけるのに苦戦したからか、或いはあの場で1人逃げ出した事が全ての終わりだったのか。分からないが、ただ一つはっきりしている事。
 3人でヴィンディレス邸に戻った時、すでに《ジェスター》の姿は無く、姉妹が殺された部屋にいた――否、あったのは一つの首切り死体だけだった。
 まったくヴィンディレス姉と同じ手口で斬り落とされた人間の首と、胴体。あれを見た瞬間の衝撃は今でも忘れられない。誰が姉妹の死体処理をしたのかは知らないが、血生臭い事に慣れているはずの自分でも頭が真っ白になって何をどうすればいいのか分からなかった。

「何を考えている?気に病んでいるのならば無意味でお門違いだ。あの場で逃げた君も悪いが、そんな事を言うのならばそもそも一時の感情に流されて不用意に無法地帯に足を踏み入れた事がそもそも《悪い》のだからな」
「そう・・・なんて、言えるわけないよね?」
「私は君を元気づけるつもりなど無いよ。勝手にするといい」

 衝撃を受け、悲しい想いもしたが――それでも、仲間が死ぬ事など日常茶飯事だ。自分が関わっていようがそうでなかろうが、そのくらいで折れるのならばこんな職業を生業にしたりしない。
 だから、クレアが考えているのはもっと別。
 悠然と立ち、黙って儀式が終わるのを待つ彼等彼女等。
 今回の案件に参加するどころか関心も示さなかった、《賢人の宴》内における最高戦力者達。

「――成る程。君は復讐でもするつもりか」
「・・・聞こえが悪いけど、簡単に言えばそうなるよ」

 ――私が今からやるべき事。それは、無関心の権力者達を出来るだけ多く巻き込み、動かす事。
 彼等を駆って《ジェスター》に再戦することこそが、目下の目標。
 幸い、ブラッドとヴァッシュは味方だ。

「アークヴェルトの穴は誰に埋めて貰うつもりだ?」
「目処は一時立たないと思う。だけど、付け焼き刃なんかじゃ意味無いだろうから埋まる事は無いよ、きっとね」
「ふむ、それも結構だ」

 呟きが吸い込まれて消える。
 雨はまだ――止まない。