08.

 我に返った時には随分と時間が経っていた気がする。ともあれ、とりあえず真白の救出が――生きている見込みは著しく低いものの、助けなければとほとんど全てを理解しきった頭で考えヴァッシュは踵を返した。
 すかさずブラッドが口を挟む。

「止めようぜ。こーいうの好きじゃねェけどよ、アイツが自分で飛び降りたんだから」
「いやでも、このまま放置するわけにもいかないだろ?」

 後味が悪過ぎる。ブラッドから言わせれば、そういう損を自ら拾い上げるようなところが自分の甘い所らしいが。
 しかし、あまり気が進まないのは彼も同じらしくその顔にいつもの覇気は無い。目を胡乱げにさ迷わせ、何とも言えない表情をしている。
 何と声を掛けたものか、と戸惑っていると背後から足音が聞こえた。隠すつもりもない、大きな足音――

「誰だ」

 短く呟きブラッドが振り返る。
 ――既視感。
 その光景は、さっき真白と出会った時と見事に重なって見えた。もちろん、自分に背を向ける形で立っているブラッドの表情は分からない。だが、恐らくヴァッシュと同じ顔をしているはずだ。
 即ち――驚き、驚愕、疑問。

「クレア・・・?」

 現れたのは《賢人の宴》序列2位のその人、クレア。
 しかし目を惹くのはそんな知り得る事実ではない。恐らく脇目も振らず走って来たのだろう、息は切れ切れ、足には葉や枝で切っただろう掠り傷、ぼさぼさの髪に今にも泣き出しそうに歪んだ表情。
 それだけで事の異常さを悟り、そして一瞬前まで懸念していた真白の事を直ぐさま忘れ去る。何やかんや言っても、やはり心の底では仲間の方が大事だったのだ。

「どうしたよ・・・クレア・・・?」

 近寄ったブラッドが足取りが覚束無いクレアの身体を支える。
 ――顔が蒼い。
 その蒼い顔、震える唇で彼女は言葉を紡ぐ。

「ヴェルトが・・・助けて・・・早く・・・ッ!」

 そこで初めて、今回のクレアの相方――アークヴェルトの姿がどこにも無いことに気がついた。