07.

「おい。何だよこれ」

 広がる光景を見てブラッドが呆然と呟く。問われたヴァッシュは引き攣った笑みのままに、広がるその光景をそのまま言葉にした。

「崖だな。それも断崖絶壁」
「そうね。私達、ヴィンディレス邸を目指していたんじゃなかったっけ?」

 心無い真白の呟きも、ここまでくればツッコむ気にもなれない。何故なら彼女が言う事は至極当然で当たり前の話だからだ。
 そう、迷子の少女を連れて貴族の館を目指していた。
 なのに、出た場所は崖。引き返す以外道は無い。そして同時に一同が完全に迷子になっている証拠でもある。姉妹は序列3位の部下である。以外とマメなクレアやマメというか真面目なヴェルトはともかく、計画性もクソも無い自分達がこの広大な敷地内で迷う事はむしろ必然だった。

「高いね・・・飛び降りるのは無理そう」

 断崖絶壁、そう形容して問題無いその崖を何の躊躇も無く覗き込む真白。本人はまったく慌てた様子など無いが、見ているこっちがはらはらする。

「おい、ヴァッシュ。どうする?引き返すか?」
「まぁ・・・そうなるよなぁ。悪い事したよ、あんた等には」
「殊勝に謝るじゃねェか。気味悪ィな・・・」

 崖に用は無い、と言わんばかりにさっさとブラッドが背を向ける。飛び降りるなど以ての外。真白が言う通り、人間が手放しで飛び降りるにしては高すぎる。

「――あっ!」

 興味深げに崖の下を覗き込んでいた真白が不意に声を上げた。何かあったのか、と振り返る。すると無表情に少しの驚きを浮かべた少女が立ち上がった。

「あの餓鬼・・・おい、危ねェって止めて来いよ」
「自分で言えよブラッド・・・おーい、真白?どうし、た・・・」

 訊いた瞬間、ぴょんと真白が跳んだ。その場でジャンプした訳ではなく、即ち地面が無いその場所へ、まるでケンケンでもするようなノリで。
 一瞬だけふわりと浮いたように見えた少女はしかし、刹那には重力に従って視界から掻き消える。ぎょっとしたヴァッシュは走り寄ろうとして躊躇った。彼女のように覗き込んだわけではないから下がどうなっているのかは分からない。分からないからこそ、無惨に潰れているであろう子供の死体を見るのは気が引けた。
 しかし、意外にもこの状況で真価を発揮したのは序列1位の方だった。
 何の躊躇いも無く――それこそ、本当に咄嗟の判断であっさりそれを覗き込んだのだ。

「・・・来てみろよ、ヴァッシュ。下、木で何も見えねェから」
「なぁ、ブラッド。今、変な音聞こえなかったか?」

 さっき、慌てていた時はブラッドの足音だと思ったが、よく考えてみれば足音と言うにはあまりにも掛け離れた音だった気がする。

「あぁ?音?」
「何かこう・・・カンカン、みたいな?」

 意味分からん、と一蹴されたヴァッシュは首を傾げつつも、崖底を覗き込んだ。そこには彼が言う通り、木々が鬱蒼と立ち並んでいるだけで、地面など見えやしなかった。