02.

 早々に飽きてきたヴァッシュの心中を見透かしたかのようなタイミングで、不意にブラッドが口を開いた。軽やかな調子で、ともすれば聞き逃してしまうかのような重量の無さで。

「お前も飽きてきたと思ってな、ここらで事件のおさらいでもするかぁ?」
「はぁ?何で・・・大体、ヴェルトの奴が長ったらしく説明してただろうがよ」
「いやいやいや。面倒だったから言わなかったが、お前、全然説明と違う認識じゃねェか」

 ブラッドが言わんとする事を推し量れず、どんどん眉間に皺が寄っていくのが分かる。以前、怒りのままにクレアへ戦闘を嗾けた事があったが、得物を持った彼女は強い。あっさり返り討ちにされたのは今はいい思い出だ。
 ともあれ、序列2位のクレアより更に上、序列1位たる彼はニヒルな笑みを浮かべて人差し指を横に振った。この不貞不貞しい態度が似合う人間などそうそういない事だろう。

「お、黙ったな。ま、お前が嫌がっても勝手に確認するけど」
「もう、いいからさっさと話せよ・・・俺の血圧が上がる前に」

 そりゃ悪かったな、と肩を竦め唐突に真剣な顔になったブラッドは声のトーンを落とした。まるで、内緒話でもするかのように。

「まず大前提だ。ヴィンディレス姉妹を殺したのは《道化師の音楽団》所属《ジェスター》と、正体不明の『連れ』で間違い無い。あのやり口はそうだ、って誰だったか忘れたが断言してたのを覚えている。そして、その証言に裏打ちするみてェに近くの街で似た奴を見掛けたっつう話もあるからな」
「・・・お前、意外と色々調べてたんだな」
「冤罪で喧嘩吹っ掛けるには相手が悪過ぎるだろ。俺だって表立って相手したくはねェよ」

 ――一体、何がそんなに彼の興味を惹いたのだろうか。
 不意にそんな疑問が頭を過ぎる。無関心にはその姿勢を貫き通すブラッドだが、それは逆も然り。つまり、彼をここまで動かす程の《興味》が存在したということ。
 そして、という彼の言葉で現実へ戻る。

「先に仕掛けたのはヴィンディレス姉妹だ。《ジェスター》が使っていた宿の人間は全滅しちまってるから知らんが、周りの人間の話だぜ。信じるに値するだろ?」
「――俺には難しい話は分からねぇけどよ、そいつ等は・・・《連れ》がいるって事を話してたのか?」
「入る時は居た、つってたな。そこから導き出される答えは一つだ。行きは二人、帰りは一人。《連れ》を誘拐したんだろ。それも、姉妹じゃねェ誰かだ」
「架空の・・・4人目」
「そう!お前にしちゃ冴えてるぜ、今!」
 手放しに喜べない賞賛の言葉を与えられ、一瞬頭に血が上りかけるが、それを押さえ続きを促す。さっきまで飽きていたとは思えない程、今はこの《事件》について前向きだ。

「これは俺の推測だが、《4人目》は《黒鏡》の雇われ暗殺者だろうな。金のあるあの姉妹なら出来ねェことはないだろ」
「まぁ・・・筋が通っている、か?」
「・・・だから馬鹿に話すのは嫌なんだよ」

 くつくつ、とブラッドが嗤う。心底愉しそうに。

「こうして状況を展開してみると、一概に《賢人の宴おれたち》が正しいとは言い切れねェよな?どっちかっつうと、最早《ジェスター》の判断が正しかったとも言えるわけだ」
「――つかお前よ、ブラッド。それ、会議の時には・・・」
「あぁ。言わなかった。ヴェルトの奴も頭が硬いからなァ。言ったら、ここには来れなかったろ?ま、俺一人でも行くが・・・人数は、多い方が良い」

 もともと表立っての戦闘は反対だ、と言っていたクレアにこの調査結果を告げれば彼女は卒倒してしまうことだろう。
 そして、何より彼をそこまで行動させるに至った動機は――

「《ジェスター》が手ずから助けに行くんだぜぇ?どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみてェに都市伝説か何かと勘違いして《歌う災厄》なんざ言って盛り上がってるみたいだが、あながち嘘でも架空の存在でもねェって事だ。存在するんだよ!災厄かどうかはさておき、《ローレライ》の歌い手がな」

 ――そう。彼にとっては同族にあたる、歌い手の《ローレライ》という存在。それだけが、彼を行動に至らしめていると言って過言ではない。