09.

 クレアの解答に少し怒った様子のヴェルトが叫ぶ。

「全滅するぞ!お前がそれでいいのならば俺は止めんが、外の連中には誰が伝えるんだ!」
「じゃあ、ヴェルトが出ればいいよ!」
「お前馬鹿か!?」

 攻撃を避け、躱し、流す。そんな作業じみた運動を行っている最中の口論だ。自然、支離滅裂な感情論が飛び交い、完全に水掛け論と化す。その様を、ただ黙って見つめながら決して演奏を途中で止めようとしない《ジェスター》は何と言うか異様だった。

「いいから行け、早くッ!」
「絶対に嫌だッ!だってそれ、フラグじゃん!残った方死ぬでしょ!」

 薄々気付いていたが、彼のような台詞を吐いたキャラは高確率で死ぬ。これは古今東西不変の事実であり、真実だ。というか、そんな台詞が聞けるなど小説の中でしかあり得ないと思っていたのに。
 最早彼との怒鳴り合いで《ジェスター》の恐怖を忘れつつあるクレアはそんな馬鹿な事を考えていた。割と、本気で。
 しかし、常にあのバラバラの幹部達をまとめ上げていたヴェルトは相手がクレアだろうと例外なく、自分の意見を押し通した。

「いいから早く行けッ!俺とお前が死ぬだけならばまだしも、外に居る何も知らない連中まで死なせるわけにはいかないんだ!問答している時間が惜しいのがどうして分からないッ!」
「っ!?」

 思わぬ剣幕で怒鳴られ、一瞬動きが止まる。腕に絡みついた黒弦をナイフで寸断し、迷うようにヴェルトを見やる。
 身体の面積がクレアよりかなり広い彼はすでにあちこちから鮮血を滴らせ、見るも無惨な状況だった。そして、それを知ってなお、王宮道化師は追撃の手を緩める事が無い。
 追い打ちを掛けるように、ヴェルトがやけに静かな声で言った。

「行け」

 その瞬間、何かに背中を押されたように、踵を返したクレアは瞬時に敵と――相棒に背を向け、脱兎の如く駆けだした。その際、鋭い音調の変化と共に腕に黒弦が何重にも絡みついた。が、まさに火事場の馬鹿力という奴でそれら全てを一片にナイフで切り裂き、折れた刃が床にぶつかって乾いた音を立てるより早く、クレアはその部屋から飛び出していた。