――どうすればいいのだろう、この状況。
足が動かない、声が上げられない。そもそも、上手に呼吸できない。
目の前に鎮座する王宮道化師こと《ジェスター》はそれら全てをまるで意に介した様子も無く、ただ悠然とそこに立っていた。
ただそこに居るだけなのに、悪寒が止まらない。
それは隣に立つ相棒も同じだったようで、信じられないといった面持ちで道化師を凝視していた。
ややあって、静かに音楽中毒者は口を開いた。
「お前達は、少女を見なかったか?」
「・・・・・・は?」
死刑宣告ではなく、問い掛け。
瞠目し、思わず見返す。何を言っているんだこの男は。この局面で、まさかまったく予想だにしない、人捜しなど。
肩透かしを食らったような気分になったが、それで安心出来る程、目の前の男は良心的な存在ではない。まったく警戒心を解くつもりなく、むしろ睨み返す。
「品の無い双子の話じゃない。白いマフラーを巻いた、少女の話をしているのだが」
双子には会った。会ったが――それ以外の《少女》になど遭遇した覚えは無い。それよりも、《ジェスター》が捜している少女について気になるが、余計な詮索は身を滅ぼしかねないので閉口する。
代わり、ヴェストが口を開いた。表面上は平静を装って。
「見ていないな。用が無いのならば失礼する」
「そうか。ならば仕方ない。僕は殺戮なんて趣味じゃないが――お前達は、《賢人の宴》だな?」
緊張が走る。《道化師の音楽団》が革命軍と対立している、などという話は無いが全員が同じだとは限らない。げんに、ブラッド達は音楽団を完全に敵と見なしているし。
よって、敵味方、或いは無干渉などというのは幻想である。
「後々面倒な事になるより、ここで始末しておいた方が他の連中の為にいいだろう。お前達は運が悪い。僕は今、途方も無く機嫌が悪いのだから」
「なっ・・・!別に、私達が何かしたわけじゃ――」
「しただろう。邪魔を。早く帰って譜面に向かい合いたいというのに」
――何を言っているんだこの男は。
既視感。まるで会話が噛み合わない、というより、最早別のステージ上で言い争っているかのような歪な感触。目の前の《ジェスター》は一体、誰と戦っているのだろうか?一つだけ言えるとするのならば、彼は、決してクレア達を相手取っているわけではなさそうだ。
例えるならば、彼が今戦っているのは、今もなお消費されている時間なんじゃないだろうか。
戦慄、する。彼という音楽家の前では、如何なる理論も理屈も感情論でさえも通じない。何故ならそれは、この中毒者にとって全て等しくどうでもいい事だからだ。
「――世話を焼かせる。お前達に逃げる事は許可しない。そこで僕に殺されて死ね」
こんなにも圧倒的存在なのに、何故だろう。
――宮廷道化師は、どこか、焦っているように見える。