朝8時。
毎日を自堕落に生活しているクレアにとっては早過ぎる集合時間だった。何でもかんでも厳格に決める今回の相方、アークヴェルトは時間にうるさい。自分と彼を除く他二名は割と時間にルーズなのだが。
――しかし、普段早く起きないクレアが時間に遅刻するのは必然だった。
とくに急ぐつもりもなくヴェルトが待つ玄関へ行くと彼も彼でとくに怒った風もなく言った。
「5分の遅刻だな」
「・・・いいじゃん、5分くらい」
***
まずはヴィンディレス邸の中を一通り散策してみよう、ということで踏み込んだ元・大富豪の屋敷。
白い壁に飛び散る鮮血と、腐臭を放つ女性の遺体――なんて物は無かった。
あるのは片付けがされていない瓦礫と化した壁の残骸や家具の残骸、汚れて裏返ったカーペットなど、物体のみだった。
「何だ。もっと血生臭い物を想像してたのに」
「残念なのか?」
「ううん。気が滅入らなくて良かったよ」
生モノの類は一切無い。レクターが首切り死体などは回収したと言っていたから血痕など残っているものと思っていたのに。妙に拍子抜けする。
「遺体は回収した、と聞いていたが――ここまで掃除したのは国軍だな。興味本位の野次馬被害に火を着けないように」
「・・・というと?」
「余計な詮索をされない為に、何かの証拠になるモノは全て回収したということだ」
「国軍が?ふぅん。お得意の隠蔽工作、ってヤツ?」
「少し違うがそうとも言う」
争った形跡のあるその部屋でヴェルトが壊れた壁などを観察する。観察眼だけならば《賢人の宴》内で彼の右に出る者はいないだろう。序列7位の名は伊達じゃない。
――が。
「駄目だな。何も分からない。そもそも、壁の崩れ方が可笑しいんだ。この、右の方は何か鋭い物で切断されたような断面だが、左側のそれはまるで老化して崩れたように見える」
「はあ?じゃ、そこだけ腐ってた、ってこと?」
「そうとしか思えないが――あの姉妹が腐りかけた壁を放置しておくとも思えないな。そもそも、一ヶ月に一度は屋敷の整備をしていたはずだ。金はそれこそ腐る程あるのだから」
ならば――結論は一つだ。
クレアは思った事をそのまま口にした。
「じゃあ、一人は鋭い刃物みたいな能力者で、もう一人は物を腐敗させる能力を持つ《ローレライ》とかね。二人掛かりだったんだよ」
「その線も捨てられないが――所詮は憶測でしかない、か」
過去に起こった事象を確かめる術、というのは実際の所存在しないのかもしれない。少なくとも、すでに迷宮入りしそうな勢いのこの案件は特に。