01.

 猫っ毛の茶髪に猫目。しなやかな体躯。そして――首にぴったりと嵌る赤いバングル。それは細すぎる少女の首に嵌めるには実に都合が良い。
 猫を二本足にして人間らしくしたらきっと彼女のようになることだろう。そんな少女――クレアは優雅に紅茶を飲みながら時計を見た。現在、午後1時。

「――そろそろ報告を聞く気になったのか?」

 横で控えているスーツ姿の男が問うた。初老のその男はしかし、歳を感じさせない程に凛とした佇まいと穏やかな中に覗く厳格さでとても紳士的に見える。

「そうだね。そろそろ聞いておかないと、ブラッドが来るって言ってたから。それで、私に伝えなきゃならない報告って何、レクター?」

 レクター、そう呼ばれたクレアの従者は微かに目を眇め、蕩々と淡々とまるで本を読み聞かせるかのように語る。

「数日前、ヴィンディレス邸が解体された」
「え?何それ、事件ってこと?」
「そうなる。世間一般では《ヴィンディレス邸解体事件》と呼ばれているらしい」
「ふぅん。それで、あのクソ生意気な姉妹は?」

 空になったカップに紅茶を注ぎながら、尋ねる。
 思い浮かぶのは貴族気質な姉妹。実に生意気であまり好感は持てなかったが、それでも少し話してみれば普通の女性と何ら変わりは無い姉妹だったように思える。人間は根本的なところで全て同じなのだという仮説を実に如実に現す人物達だ。
 彼女達の事を思い出しながらレクターを見やる。と、彼は首を横に振った。

「残念だが妹の方は近くの宿で。首切り遺体で発見された。姉の方はヴィンディレス邸で、だ。こちらも首切り遺体」
「――そう」
「落胆したのか?」
「いや、別に。気になるのは、何故首を斬ったかってことかな。その首ってのは近くに転がっていたわけ?」

 少々残念だったが――ここは革命軍、《賢人の宴》。仲間の死など日常茶飯事であるし、誰一人欠けずに事が成せるとも思っていない。
 ――それが自分でなくて良かったと、むしろそう思う程だ。
 何て薄情な。そうクレアは自嘲する。

「首自体は持ち去られた形跡も無い上、回収済みだ」
「じゃあ、効率主義だった、ってことね。犯人は」
「推理小説の読み過ぎだぞ、クレア。君は今、推理ごっこをしているわけじゃないだろう」

 そんなんじゃないよ、と少女は首を振った。正直、誰がそんな非人道的な事をやってのけたのはか気になるところだが、無理をして捜しだそうという気は無い。
 問題は、と従者は勝手に続ける。

「相手に《ローレライ》の歌い手がいたという事だ」
「歌い手?珍しいじゃない。うちにも一人いるけど、本当に一人だけだし。というか、《宴》には《ローレライ》自体あまりいないからね」

 構成人員全てが《ローレライ》。ただし少数精鋭の組織、《道化師の音楽団クラウン・パーティー》。
 暗殺者だけで成り立つ暗殺者の為のギルド。一切が不明の組織、《黒鏡くろかがみ》。
 そして――王国軍に反旗を翻す革命軍。同じ思想を持つ人間だけを集めた組織、《賢人の宴》。
 正式な軍である国王軍を除き、存在する大きな組織はそのくらいだろう。他にも小さいのがちまちま居るようだが、それは物の数には入らない。いずれは上三つのどれかに吸収されるのだから。
 その中でも《音楽団》は実に異端である。
 名前から分かる通り、音楽団なのでそもそも音楽家ばかりが蔓延っている。更に、そこにもう一つ条件として《ローレライ》であることが付け加えられているのだ。そうすると入団者は限られてくるのであり、少数とはいえ精鋭揃いという訳の分からない組織が確立された。

「それで、その稀少な《ローレライ》はどこが手に入れたの?うちじゃないでしょ。だって新メンバーの話は聞いてないし」
「《道化師の音楽団》。そして、事件そのものが奴等の行き当たりばったりというか、運悪く《ジェスター》の連れを誘拐してしまった事に始まる」

 少々その真相は間違っているのだが、姉妹が惨殺された以上、その間違いに気付く事はほぼ一生あり得ないだろう。何故なら、ヴィンディレス姉妹は自らの意志で《ジェスター》たる音楽家を殺そうと目論んでいたのだから。

「つまり――歌い手の取り合いに負けた、ってことなのかな?だってあり得ないよね。一匹狼の宮廷道化師が連れを付けてるなんて!かなり酔狂っていうか、無い。うん、無い無い」
「そうだな、と言いたいところだが人間変わるものだ。断言は出来ないだろう」

 ところで、とレクターは話を変える。

「君はどうするつもりだ?序列1位と5位は仇討ちだと盛り上がっているようだが?」
「――興味無いよ。だってヴィンディレス姉妹は3位さんの部下じゃん。私が首を突っ込んでいい話しでもないし、それにあまり《道化師の音楽団》とは関わり合いになりたくない」
「賢明な判断だな。いつ化かされるか分からない。刺激しないのが、一番だ」