01.

「――お前に言っても仕方が無いことかもしれないが・・・というより、まったくもって仕方ない事だが」

 自室にて。
 ディラスは入り口の所に突っ立っている侍女頭――リンネへ視線を移した。先程まで真白が立っていた場所に悠々と佇む彼女の姿は一介のメイドには見えない。
 が、屋敷の主が彼女はメイドであると言い張るのだからそうなのだろう。どちらにせよ、ディラスにとってそれはどうでもいいことだった。
 そんな彼女に――否、それは独白だ。リンネがいるのは、たんに彼女に関係する話題だからに他ならず、そうでなければ早々に職務へ戻っているところである。

「僕は、本当に、真白を引き入れるつもりなんて無かった」
「そうでしょうね」
「まったくもって、どうしようもない。最終的には《保護者》である僕の意見に靡くと思っていた。どう見ても、あの子は自らで何かを選択する能力は無いのだから」
「そうでしょうね」
「ここで問題になるのが――誰が、真白を焚き付けたかという話しだろう。外部の刺激無くしてあれが先の見えない何かを決めることなど出来ない」
「そうでしょうね」

 ぴたり、と言葉だけでなく時間をも止まったようなその感覚。
 何も、話し相手が彼女しかいなかったからこのような訳の分からない状況を展開しているわけではない。ほとんどの確信を以て、彼女に問いたかったのだ。

「真白を焚き付けたのは間違い無くお前だろう、リンネ。だが、お前を焚き付けたのはアルフレッドだ」
「何故、そう思うのですか?」
「お前もまた、自分で選択出来ない人間だからだ」

 そこで初めて――侍女と音楽家の視線が交錯する。どちらも冷え切った、爬虫類のような双眸で。邂逅を果たした視線はしかし、凍えるように冷たい。当然のことながら。

「選択を出来ない人間。選択を放棄する人間――私は、そんな人間に嫌悪すら覚えます」
「その台詞を少女相手に吐きかける事が、お前の仕事か?」
「えぇ」

 迷うことなく侍女は頷いた。そこには何の感情も伺えず、何の感情も無かった。
 選択出来ない人間。
 選択しない人間。
 両者の何が違うと言うのだろう。意志如何によるものなのだろうか。いや、そんなものは結局同じことだ。

「憤っているのですか?」
「――いいや。自分の迂闊さを呪っているだけだ」
「その件については、もういいと?」
「終わったことさ。それに、僕にはあまりにも関係の無い話だ。自分でした選択の尻ぬぐいは、自分でしてもらう」

 そうですか、と無感動に呟いたメイドは続けて言葉を投げる。

「私は、貴方のそういうところを嫌悪します」
「――本音、だろうな。それは」
「はい」

 同族嫌悪。
 同族愛好。
 同族であるディラスという人間がリンネと打ち解ける事は無い。完全に一方通行名愛憎模様であり、それだけだ。そしてそれは、《歌う災厄》である真白にもそのまま適用される。
 難儀な性分だ。
 くるりと踵を返して部屋から出て行く侍女を尻目に、音楽家は無表情で部屋のドアを閉めた。