10.

「一人部屋・・・」

 そう名の付く物を与えられた。誰にか、つまりアルフレッド=ヴィンディアに。さすがは豪邸の主。一部屋をディラスと二人で使えなどという無茶を言ったりはしなかった。
 それにしても人一人に与える部屋としては些か広い気もするが。が、真白自身も『普通の部屋』のサイズがよく分からないのでそこは感覚の問題だと斬り捨てる。
 先程別れたディラスによると、今日はこの屋敷に泊まるらしい。
 団長は今日も明日も明後日もいつまででも泊まっていい、と言っていたがディラスが非常に迷惑そうな顔をしていたのでそれは無いだろう。

「入団、する――しない・・・どうしようか」

 誰に言うでもなく呟く。
 ベッドに寝転がり、静かに先程の大人達の会話を思い出した。


 ***


「俺は《歌う災厄》たる真白を是非とも《道化師の音楽団クラウン・パーティー》に招きたい」

 道化師達が集う音楽団の団長、アルフレッド=ヴィンディア。《クラウン》と名高い彼の言葉である。
 この後、ディラスと言い争うことになるのだがそこは省こう。
 問題はその後。

「別にどちらでもいい」

 その言葉を引き金に押し黙った男二人は考えるように一瞬視線を交錯させ、その不自然な間の後に口を開いたのは保護者を自称する音楽家だった。

「どうでもいい、という事は無いだろう。自分の事だ」
「貴方、今私の保護者だと言ったじゃない。入る入らないの問題以前に、親の同意が得られない子供に選択の余地は無いわ」

 本音を言ってしまえば――唯単に、選ぶのが億劫だっただけだ。あまりにも情報が少なすぎるし、何より足りない情報を集めるのも面倒だった。
 最近忘れられがちだが、真白という人間は歌うことが出来ればそれでいいのであって、その他の事象には関心を示さないはずだ。それが真白という人間の集大成。よって、それについて関係の無い次元の話を真面目に考えるつもりなど無い。
 しかし、その返答にアルフレッドは絶句しディラスはもともと表情のあまり変わらない顔に深い眉間の皺を寄せていた。

「おいおい、あんた、そりゃ無いぜ。自分の事だろ?」
「だから、私は自分の事であるからこそどうでもいいとそう思う。私の全権を《保護者》であるディラスに任せると言っているのよ。あぁ、だからといって責任を感じる必要は無いよ。私が犯した事象には、私が責任を取るべきなのだから」
「――あー・・・あんた、うーん・・・何て言えばいいんだろ・・・」

 何かをブツブツと呟き、考え始めた屋敷の主から視線を外し、未だ難しい顔をしたままのディラスへと視線を移す。

「僕としては反対だが――いや、お前が自分で決めるといい。僕が口を出していいような問題でもなかったようだ」
「・・・さっきと言っている事が違うようだけれど?」
「僕が思った以上にお前は子供じゃなかったということさ、真白」


 ***


 回想を終え、うっすらと目を開く。
 あの場で安易に是も否も答えられなかったのは、返事に窮したからだ。実際に自分の手に自分の権利が戻って来ると持て余したらしい。
 再び真白は考える――どちらの選択が最良なのかを。或いは番外で全ての選択を打ち捨てて逃げ出すという手段もある。
 ――さすがにそこまで阿呆でも馬鹿でも、無謀でも勇者でもないのだが。