「なぁ、ディラスよぉ。お前、《ヴィンディレス邸解体事件》知ってるか?」
「当然だ。《ローレライ》の何者かによって屋敷の姉妹諸共皆殺しにされた上、屋敷も多大なる被害を受けたという殺人事件のことだろう?」
我ながら白々しいと思う。何せ、その《何者か》とは他でもなく自分のことなのだから。そして言葉にしてみると何とも酷たらしい凄惨な事件である。繰り返すようだが、引き起こしたのはディラス自身だ。
しかし、ここで団長たるアルフレッドも実に芝居がかった動作で大袈裟に、まるで本当に驚いているかのように白々しく首を振る。
「まぁ、見ての通り俺はヴィンディアの当主だ。よって、一般人共にゃ知らないような事件の詳細も知ってんだがよ、その《ローレライ》ってのが歌い手だったらしいぜ」
「そうか。それはまた希有な事件だな」
「さらに言うと一人でやらかした事件でもねぇ。ま、貴族を手に掛けるような阿呆は馬鹿か気狂いと相場が決まってる」
「まったくだ。僕も驚いているさ、それなりに」
微かな笑みさえ浮かべてアルを見返す。隣に立つ真白から情報が露呈することは無さそうだ。さっきから彼女も加害者である事件の内容を話しているというのにまったくと言っていい程動揺している様子が無い。
もちろん、少女が驚き恐れて取り乱す可能性も考慮に入れていたが、杞憂だったらしい。それならそれで、僥倖だ。
それを悟っているのか否か、なおもアルフレッドは言葉を続ける。
「恐ろしい歌い手だぜ。歌うだけで全てを破壊し、策を狂わし、歯車を止める。まさに《歌う災厄》災厄で最悪だ。心底恐ろしいね」
「僕はお前が何を言いたいのかが気になるな。何か言いたい事があるのなら、回りくどいことなどせず素直に訊いたらどうだ?ん?」
敢えての挑発――分かり易いその挑発だが、絶対に彼は乗ってくる。
こんなのは言葉遊びだ。ならば、その遊戯に終止符を打つのはとくに遊んでいるつもりはないディラス自身だろう。
すぅ、とアルフレッドの目が据わる。
触れれば切れてしまう程に、鋭い眼光、威圧。
「で、その《歌う災厄》ってのは――まさかお前の隣に立ってるその餓鬼じゃねぇよな?」
さて、どうしたものか。
団長である彼のことだ。すでに事件の詳細どころか解答すら知っていることだろう。彼はあまり頭が良い方では無いが、傍についている侍女、リンネと他同業者達の中には頭が切れる者もいる。
そもそも玄関でマゼンダと出会ったのだ。彼女の入れ知恵だとしても可笑しくない。
ふ、と微かに笑ったディラスは降参とばかりに両手を挙げて肩をすくめた。情報能力の差がこんな所で裏目に出るとは露程も思わなかったのだから救いようがない。
「――《歌う災厄》の件については知らないが、ヴィンディレス邸を解体したのは間違い無く僕とその子だ」
「・・・ほぅ」
「弁解するわけじゃないが、僕も彼女も馬鹿じゃなければ気狂いでもない。ただの正当防衛だ」
自分の――というよりは、真白の身を案じてそう呟く。
《音楽団》に所属している以上、団長に殺されるなどというブラックな展開にはならないだろうが、真白はそうではない。
今、目の前に鎮座する屋敷の主に死刑を宣告される可能性だって十二分にあり得る。そうすれば何の為に彼女を連れ歩いているのかまるで分からなくなるので勘弁願いたいものだ。
「・・・・」
そんな状況が分かっているのかいないのか、真白は口を閉ざしたままだ。