「まぁ、とりあえずはあれだ。お前のヴァイオリン!」
ぱちん、と手を打ちアルフレッドが立ち上がる。そして、壁に立て掛けてあった見たことのあるヴァイオリンのケースを持ち上げた。
言うまでもなくディラスが調律師に預けていた愛用のヴァイオリンである。
「お前、定期的に持って行けよ。調律師のおっさんに散々文句言われたの俺なんだぜ?忙しいわけでもないってのに」
「忙しかったさ。本当に。僕は常に忙しいからな」
「冗談も休み休み言えよ」
はっ、と嗤った団長は団員の手へとそれを返す。
帰って来たヴァイオリンを満足そうに見やったディラスは一応、ジッパーを開け中を確認し、一つ頷くとそれを閉めた。
「やはり良い腕だ。惜しむらくは彼が非常に頑固なオヤジで近付き難いというか僕が苦手な人種であることだけだな」
「お前俺に喧嘩売ってんのか?頼むから一発殴らせろよオイ」
絶対忙しいとか嘘だろ、と顔をしかめるアルフレッド。しかし、次の瞬間にはにやりと嗤う。その様を無感動な目で音楽家は見つめた。
「ちゃんと金返せよ。お前の調律代とか絶対持ってやらねーからな!」
「最初からそのつもりだ。心配しなくていい。幾らだった、アル?」
「・・・チクショウ」
まさに水と油。
現在優位に立っているディラスだったがしかし、団長たる彼の言葉によってその優劣は覆される。
「――で?まさかそのまままぁたどっか出掛けるつもりじゃねぇよな?まだ聞いてないぜ、結局誰なんだよその小娘は」
口角は上がっているが目がまったく笑っていない。
実に団長らしい、団長が故のその追求に、ディラスは微かに嗤った。やはり、組織とはこうでなければならない。このまま「はいさようなら」では期待はずれも良い所だ。
何と答えればいいだろうか、と考える。
隣に並ぶ真白の表情はやはり《無》で何を考えているか推し量る事は出来なかった。