04.

 着いた場所は邸宅、屋敷、館、洋館などといった言葉がぴたりと当て嵌まる建物だった。ヴィンディレス邸など霞んで滲むぐらいの豪邸。さしもの真白ですら若干の緊張を隠せない。
 しかしディラスは慣れたものでまるで物怖じせず、前門を潜って庭を縦断する。そこに躊躇いや戸惑いは感じられなかった。よって、真白もそれにならい素知らぬふりをして豪華過ぎる庭を突き進む。花の甘い香りが鼻につく。

「ヴィンディア邸、と世間一般では呼ばれている」
「・・・ヴィンディレスと似た名前ね」

 それはそうだろう、と音楽家は一つ息を吐いた。

「ヴィンディレスはヴィンディアから派生した貴族だ。よって、名前が似通っているのは当然のこと。あぁ、一つ注意しておくが、決して名前を呼び間違えるな。失礼だ」
「言われなくても分かってるわよ。馬鹿にしてるの?」

 ようやく玄関らしき場所が見えてきた。ここまでの長さが尋常ではなかったのだが、人間が住む区間にしては広すぎる。これだから金持ちは。
 実に偏見的な見方をしつつも、玄関に女性が立っているのを見つける。よく見れば、二人も。
 片方は長いエプロンドレスにレースのカチューシャ。表情のない顔。格好から察するに屋敷の侍女だろう。それにしては愛想がまるで無いが。もう一人は何者なのだろう。赤毛の短髪にそれと相反する蒼の瞳。不敵な笑みを浮かべている。
 あれは誰だ、と問おうとディラスを見上げれば彼は心底嫌そうな顔で眉根を寄せていた。鉄面皮が崩れているということは、彼女達はそれなりにディラスにとって地雷的存在なのだろう。
 玄関まで歩を進めれば先に口を開いたのは侍女の方だった。

「ようこそいらっしゃいました、ディラス様」
「・・・あぁ」

 ――何その間。
 心底嫌そうな顔のままに応じた彼の視線の先にいるのは例の赤蒼の女性だ。彼女は真白とディラスを交互に見、もう一度見、さらにもう一回見て、無表情に佇む少女を指さす。

「おいおい、ディラス。この小娘は何だよ」
「・・・・・・・・連れだ」

 ――間。それは重苦しく、窒息死する程の様々な感情を孕んだ間。
 一秒にも満たなかったであろうその沈黙は、女性が口をかぱっと開けたことにより終焉を迎える。

「――え?連れ?お前の?・・・・え。マジで?」
「煩い。いいからそこを退け。通れないだろう」
「ちょっ!何それ面白ッ!!つ、連れって・・・ぎゃははははははははははははははははははははははははははっ!!」

 現実を認識した刹那、とうとう女性が腹を抱えて笑い始めた。可笑しくて仕方が無いとでも言うように。先程から沈黙を貫き通している侍女ですらぎょっとした顔でディラスを見ている。
 ただ、意味がまるで解せない真白と当事者であるディラスは無表情の無言。実にシュールな絵面である。
 だが、今までの経験上、音楽中毒者たる道化師が唐突に怒りを露わにしたりなどという事態は――

「――いい加減にしろ。何が面白いんだ。僕は馬鹿で阿呆な団長に用事があるのであって、お前のような品の無い女に用は無い。何を突っ立っているリンネ。早く中へ通せ」

 笑い転げる赤い女性だけでなく、その横で傍観を決め込んでいたメイドにまで叱責を飛ばす。とんだクレーマーだ。
 というか――

「大丈夫なの・・・この組織・・・」

 他人事なのだが割と本気でそう思った真白は目の前の馬鹿な大人達が繰り広げる惨状を視界に入れまいと顔を背けた。