01.

「ヴィンディレス姉妹の館――つまりヴィンディレス邸が解体された、って話は知ってるか?」

 短い黒髪に同じ色をした瞳、さらにサッカー少年を彷彿させる外見とは裏腹に燕尾服を着込んだ男。新聞を広げているその男は口の端を吊り上げながら脇に控えている女性に声を掛けた。
 彼女も彼女で目立つ出で立ちをしている。長いエプロンドレスにレースのカチューシャ、針のように真っ直ぐな姿勢。どこをどう見ても侍女、或いはメイドにしか見えず実際その通りである。
 控えている侍女は当たり障りのない答えを返した。
 即ち――「存じています」、とそれだけ。主にあたるのであろう燕尾服の男は気にした風もなく頷く。

「何でも、《ローレライ》の歌い手がいたらしい」
「希有な存在である歌い手がまさか、そんな大仰な事件に首を突っ込むとは思えませんが」
「まぁ、そう言うなよ。物好きな奴もいるだろ」

 新聞の記事にはヴィンディレス邸の悲劇が事細かに記されている。しかし、犯人と思わしき人間はたった一文載っているだけ。顔写真も無いのだからマスコミの連中が騒ぎ立てて波風を大きく強くしたいだけなのかもしれない。
 それにしても、と燕尾服の男は一つ息を吐いた。

「首無し――首切り死体、ってのがねぇ。俺には腑に落ちねぇよ。この無駄の無さ加減は暗殺組織《黒鏡》の手腕か・・・考えたくねぇが・・・」
「彼はあり得ませんよ。そんな事件に興味を持たないでしょうし、何より彼は歌い手ではありませんからね」
「分かってるよ。つか、どうするかね」

 メイドが首を傾げる。主が言っている言葉の意味が解せないのだろう。
 燕尾服の男は嗤う。

「いやな、この歌い手《ローレライ》。うちに欲しいと思ってよ。なかなか肝も据わっているし、何より即戦力になりそうだ」
「どうでしょうね。芸術家という存在は奇しくも変人ばかりですよ」

 そりゃそうだ、と心底愉快そうに男は肩をすくめた。困っているというより、楽しくて仕方が無いというような動作。
 しかし、次の瞬間には彼の顔は最初の落ち着いた表情へ変わる。

「そういやよぉ、ディラスの奴が調律してたヴァイオリンを引き取っておけって手紙送りつけてきたんだった。悪ぃが、取りに行って来てくれねぇ?」
「承知致しました」

 美しく一礼したメイドが部屋を出て行く。その様を見つめながら男は一つ溜息を吐いた。