13.

 再び形勢逆転――というか、真白の一人舞台。
 言うまでも無くディラスですら巻き込み、それはそれは酷い有様を体現している。幸運だったのは音楽家がこの場に居る誰よりも、歌う災厄から離れていたということだけ。近ければ近い程、被害は甚大なのだ。例えばすでに床に這いつくばって苦しげな息をしているレイラ然り。シャンデリアが頭上に落ちてきたセドリック然り。
 ――彼の場合はその落下物を器用に避け、ひとまず壁際まで後退したようだが。
 それには目もくれず、ただ黙って壁に背を預けその様を傍観しているディラスが気に掛かる。こうやって歌い続けてもいいが、それは彼にとってプラスにはならない。何故なら現在進行形で巻き込まれている。
 と、彼は唐突に身を屈めると派手な音を立てて落下したヴァイオリンを拾い上げた。精密機器と言って過言ではない楽器に対し、そんな暴挙を働いたのだ。それはすでに楽器としての役割を果たす事は出来ないだろう。
 それは誰よりも何よりもディラスが分かっていたらしく、溜息を吐いてその楽器を再び床に置いた。
 代わり、その手元に何かがあるように――否、見えない何かがあるそれを、横に引き延ばした。

「――全員生きている、か。幸運な事だ」

 どこか自嘲気味に呟いた音楽家は腕を振るう。さながら、指揮者のように。しかし彼が御しているのは真白の旋律ではない。ほとんど目に写らない弦だ。
 仕掛けを終えたのか、その無感情で無感動、死にかけた動物を見下ろすような目で見る――無様に床に這いつくばり、喘鳴を漏らし、今にも死にそうな、もっと言うならば死にかけている女性を。
 レイラを。

「このまま真白に歌わせ続けるわけにはいかない。生憎、奴に暗器は効かないらしいからな。言った通り――先にお前を殺そう。心配するな。僕に他者をいたぶって愉しむ趣味も趣向も無い」

 レイラの大きな瞳が見開かれる。何を言われているか分からない、とでも言うように。

「まっ・・・待ちなさい、よ!いいの?本当にいいの!?・・・私を殺すという、ことは」
「そうだな、お前達革命軍――《賢人の宴》を敵に回すという事になるな。だが、それがどうした?すでに敵に回っているものを、更に敵に回す事など不可能だ。よって、お前が気を割くような事態ではない」

 論理的に、何の感情も無い声色で淡々と言ってのけたディラスが腕を振るう。止める暇もない、止める隙も無いその一瞬で――
 ごとん、と。
 レイラの首が胴から離れて床に転がった。それは道路に転がったボールと何ら変わりないただの光景。
 戦慄、する。戦慄する、したのは――紛れもなく、そういった状況に慣れていない真白だった。スタジオに災厄を喚び込み続けた彼女はしかし、さすがに人間の首と胴が離れ離れになった死体など見た事も無い上、それが目の前で繰り広げられれば動揺するのはどうしようもなく必然だった。
 そして――冷静沈着、否、無関心な少女はその瞬間、確かに音を外した。素人が聞いても分かるぐらいに、決定的に絶対的にどうしようもなく外した。芸術として破綻したそれは、まるで真白を嘲るように転換されて、ディラスが操っていた弦の1本を寸断した。
 ぶちん、と無粋な音が反響する。

「――ッ!」

 極限まで張り詰めて切れた弦はもちろんの事盛大に跳ねて持ち主へと還り、そして勢いを殺さぬままに操作者を傷つけた。首を深く切り、だらりと鮮血が溢れだす。首無し死体と同じ位置、同じ場所に刻まれたそれはある種の呪いだ。
 怪我した本人はそれでも大した感慨を抱いた様子は無く、相変わらずの無感動な声で言う。

「そのまま歌い続けろ」

 と。
 彼は何でも無いことのように言ったが、それでも歌う意味は消失した。
 セドリックの姿はその一瞬のうちに跡形もなく消え失せていたのだから。