12.

 歌声が響く。
 透き通り、反響し、浸透し、通り抜け、反転して。
 それは一つの完成した芸術であり、未完成の芸術だ。



 歌い手《ローレライ》が歌い出した瞬間、一番に動いたのは暗殺者だった。腕1本を犠牲に弦を無理矢理引き千切り、ついでに自身の周りを囲んでいる弦をもナイフで両断する。ぴん、と張られた弦がぶつりぶつりと切れた。
 さて振り出しに戻った――が、違う点を上げるとするのならば二つ。一つはレイラの身体能力強化演奏が無いこと。もう一つ、真白という災厄が歌い続けていること。
 不利なのはどちらなのか。
 考えるまでもなく、どうとも言えないが正しい回答だろう。少女の歌にしたって付け焼き刃以外の意味を持たない。それがどれだけ芸術性の高い作品だろうが、殺し合いという理念の前では全てが塵と同価だ。
 ともあれ暗殺の失敗を瞬時に受け入れた《黒鏡》所属の彼は迷わず逃げるという選択をした。身を翻し、とりあえずは外へ出ようと地を蹴る。
 そんな彼の頭上にしっかり固定されているはずのシャンデリアという照明器具が落ちた。美しい水晶の飾りも、どこか刃物的なデザインも。全てがあだとなる。それはつまり、重さ数百キロにも及ぶ凶器に他ならない。
 美しい意匠が施されたそれが落下し、砕ける流麗な音が響く。

「うっ・・・!」

 短い悲鳴はレイラが上げたものだ。咳き込み、白い鍵盤に赤色の斑点を刻みながらもその場から離れようと車椅子を操作する。

「っきゃ・・・!」

 その車椅子の大きな車輪が片方唐突に外れて床を転がり、倒れる。もちろん、要のタイヤを失った車椅子は大きく傾き、乗っていたレイラがそれから転がり落ちて床に身体を打ち付ける。
 恐怖と息苦しさで顔を青く染めながら、屋敷の主は呟いた。

「こんなの、災厄以外の何物でもないわよ」

 ――と。