その言葉に対し、たいして考えた様子も無く真白は首を縦に振った。それで事態が収束するのならば構わないし、何より自殺願望があるわけでもないので素直に従おうと思ったのである。
そして――何であれ、一応は、例えそれが彼自身の為だったとしても、助けに来てくれた礼はしなければならないだろう。ありがとうとごめんなさいと言えない人間は後々苦労するのだ。
「能力を制御出来ない《ローレライ》は味方をも巻き込む最終兵器なのよ?」
息を吸い込んだ真白にそう言ったのはレイラだった。弦に両腕を縛り上げられ、余裕の無い表情をしていたが、それでもどこか勝ち誇ったような顔だ。
無感情な視線が二つ分――少女と音楽家の視線がピアノの鍵盤に両手を乗せたまま停止している女の横顔へ向けられる。それを見て、屋敷の主は嗤った。それはもう、軽蔑と侮蔑と嫌悪を一緒くたにして煮詰めたような、笑み。
「だから貴方がここで《ローレライ》の能力を使えばそっちの彼を巻き込むと言っているのよ。だってそうでしょ、貴方には普通とは違う力を制御して自分の管理下に置いて使い慣らそうという気構えが無いのよ。私に言われるなんて冗談じゃないかもしれないけれどね、正直言って気持ち悪いわ。さっきから屋敷内で起きている異変に気付かないとでも思っているの?ねぇ、何よそれ、何なのよ。屋敷の人間が何をしたって言うの。気味が悪いわよ、えぇ、本当に!本当に人間なのあんた!関係無いなんて顔をして、全部あんたがやったことじゃないの、ねぇ!」
思わぬ罵詈雑言に瞠目する。貴族としか形容出来ない立ち振る舞いの中に混ざった確固たる嫌悪と憎悪。目に見えて――目に見えず明らかな悪意。それは隠されて然るべき負の感情なのに。
だが――それはきっと、いつ言われても可笑しくない言葉だ。
むしろ、今まで誰も言わなかったのが不思議で堪らない。
事故、悲劇的な偶然、不運。
そう曖昧で模糊な言葉に言い換えられ、巧みに隠し通されてきた事実。白日の下に晒されるのが遅かったぐらいの、圧倒的な被害率と重なりすぎた偶然――つまりそれは、必然である。
一瞬かたまった災厄はしかし、次の瞬間にはレイラの言葉など脳の隅に追いやっていた。彼女が何をほざこうと関係無いのだ、と言わんばかりに。
「勘違いしているのかもしれないけど、私はディラスを巻き込もうと他大勢知らない人間を巻き込もうと、等価だとしか思えない。だって、彼も他大勢と何ら変わらない、大勢の中の一人でありそれがどうなろうと私は知らないもの」
「――は?」
「私の命よりも大切な事は歌うことだけ。私よりも大切に思えない彼を庇う理由なんて無いの」
命の次以下の彼を斬り捨てるのは当然でしょう。何故なら彼の命は私自身の命より大切だとは思えないから。
――誰にでも分かるその言葉。
よって、その言葉を受けて絶句し絶望したのは他でもないレイラ自身だった。自ら墓穴を掘った彼女は反射的に要らないものだと判断された宮廷道化師を見やる。
彼は実に満足そうな、それでいて何の不満も抱いていない顔をしていた。
少女の選択は最善なのだと、そんな反吐が出そうな程に何の不満も抱かない態度。
「何でよどうしてよ!本当もう止めてよ気持ち悪いのよ吐き気がするのよ!命より大切な物なんて無いのよ分かってるわそんなことでもああああ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッ!そんな冷静な意味が分からない!あんた達どこの人間なのよ理解出来ないわ私の為に死になさいって言ってるの私に!?」
「――煩い。黙れ。みっともなく騒ぐものじゃない」
そう言って、ディラスは深い不快溜息を吐いた。