――鬼さんこちら、手の鳴る方へ。
音源地に辿り着いた真白が見たものはヴァイオリンを弾きまくるディラスと鍵盤を叩きまくるレイラ、そしてくるくると木の葉のように舞いながら鈍色に輝くナイフを振り回すセドリックの姿だった。
言葉にすると訳の分からない状況だが、全ての人間の配置を知っている彼女からすればそれは何よりも簡単な絵解きだった。
セドリック、レイラ相手に戦うディラス。以上、説明終了。ただ一つ説明出来ないとすれば謎の黒い弦である。ディラスが言っていた《ローレライ》と関係があるのだろうか。
というか――
「私を救出しに来たの?ご苦労なことね」
目の前に広がる光景は彼女にとってその程度の意味しか持たなかった。ディラスが悪戦苦闘していようが、出会って半日しか経っていない男に同情する事など無い。
小さな小さな、溜息と同時に吐き出された言葉。
しかし――それでも、それ故に、真白という恰好の標的が戦場にやって来たという事実に気付いたのはセドリックが一番だった。さすがは暗殺者。
ちらり、と一瞥され特に感情の籠もらない目を向ける。目が合うがそれが直接的な危機感に繋がる事は無かった。
それはまた、セドリックとて同じ。
黒い弦のようなものを躱し、ディラスの懐に飛び込む。しかし横合いから伸びて来たそれを避けたせいで出遅れたのか、すでに音楽家は遥か後方に飛び退っていた。
――これは恐らく、つまり、きっと。絶対に。
殺し合いと形容するべき行為なのだろう。レイラがピアノを弾いている意味はまるで理解出来ないが、少なくとも自分を救出しに来た音楽家と対峙する暗殺者は間違い無く『殺し合って』いる。
もちろん、比較的真っ当に今まで生きて来た真白が殺し合いなどという穏やかじゃない名称のそれを直に見るのは初めてである。よって、どうすれば良いのか分からず阿呆みたいに立ち尽くしていた。
と、不意にヴァイオリンの音が不自然に停止した。次の瞬間には何事も無かったかのように無理矢理旋律を紡ぐ。
どうしたのだ、とディラスの方を見やれば目が合った。
彼がこちらを凝視していたのだから当然だ。そして、水面に広がる水紋のように彼の一瞬の動揺は全てを崩壊させる。