06.

 ヴァイオリンの旋律が部屋一杯に反響し、飽和する。追い打ちを掛けるかのように響くピアノの音もこの場合は協調性のまるで無いただの阻害音でしかなかった。というか、それそのものだった。ディラスとレイラはセッションしているわけではないのだから。
 ――と、不意にヴァイオリンの音が途絶える。

「――成る程、最悪、だ・・・っ!」

 ディラスの能力、黒弦。奏でる事により出現するそれを完全にかいくぐり、眼と鼻の先でナイフを振るわれれば彼とて悠長にヴァイオリンを弾き続けるわけにはいかなかった。
 そして――目の前の暗殺者のせいで旋律が途絶えたのは通算12回目になる。
 その間、ピアノの音は一度だって止んでいない。ディラスがまだ立って息をしているのはレイラの《ローレライ》としての能力が味方の身体強化以外にないからだ。だが、それのお陰で黒弦を全て避けられ喉元にナイフを向けられたのでは堪ったものじゃないが。
 リーチの短いナイフを投げるつもりは毛頭ないらしい暗殺者は距離を取ったディラスに無感情な眼を向け、しかし紡がれる旋律を聴き、確実に堅実に絶対に黒弦を全てしなやかな動きで躱してしまう。
 ――なんて堂々巡り。

「あらあら、大の音楽家が演奏を途中で止めてよろしくて?それとも、とっても短い曲なのかしら?」

 うふふふふ、とレイラの嘲笑が耳に障る。耳障りだ、とても。あの子の声と比べれば彼女の声などただのノイズ以外の何物でもない。
 余所見をしていたせいで突き出されたナイフが頬を掠めた。慌てて暗殺者と距離を置く。見れば分かるのだが彼もあまり本気では無い。所詮は雇われだからか、圧倒的優位に立っているが故の態度か。どちらにせよ暗殺に秀でたそれが油断しているのはあり得なかった。
 曲調を変える。どことなくせき立てられるような、早い曲。
 それに合わせて黒弦の動きも変わるが結果は変わらなかった。やはり、避けられる。この部屋が広すぎるのも問題だった。ピアノを置いてなお余りあるこの舞台は逃げるには好都合だがそれ以上に相手を追い込むには不都合だ。
 ――だが、それでも、これは。

「不利という言葉はこれ以上無い程に似合う上、的を射ていると思うが絶体絶命と言うには程遠い」

 対処法ならばあるのだ。ただ、それを選択したくないだけで。