05.

 ゆっくりとした足取りながらも、進むことなく歩き続けたディラスが立ち止まったのは行く手を阻んだ者に見覚えがあったからだった。それも、つい先程見たような人物。
 車椅子に乗ったその女性とは確かに初対面のはずなのだが、それでも拭えないそれは恐らく既視感というものだ。

「――ごきげんよう」

 ややあって先に口を開いたのは女の方だった。にこやかな笑みを浮かべて首を傾げる様はまさにお嬢様と名の付く気品ある動作。
 何も応えず女を見返す。

「私はレイラ。この屋敷の主よ。ごめんなさいね、少し立て込んでいて」
「・・・お前、宿に奇襲を仕掛けて来た女の姉か妹か?」
「姉よ」

 ミリア=ヴィンディレス。そしてその姉を名乗るレイラ=ヴィンディレス。姉妹である彼女達は感心するほどに似た顔立ちをしていた。よってその言葉が嘘でない事を悟る。顎を引き、目を細め――ぞっとするような冷たい眼でディラスはレイラを見下ろした。

「そうか。姉妹共々惨殺とは――美しくないな。が、お前がここに現れたという事は、そういう事なのだろう?」

 そう言いながらも彼女を殺さないつもりなど微塵も無い。
 相手にするのならば相手を殺すのが礼儀である――《道化師の音楽団》の流儀だ。後々に禍根を残さない為にも敵対した人間は場合にもよるが生存は望めない。
 いくら仲間達の輪に加わらずとも団員である以上、ディラスの敵に対する処置はそれ以外あり得ないのだ。
 逆さ音符の銀ブローチ。それを見つめたレイラはくすり、と笑った――嘲笑った。

「えぇ、えぇ。構いませんのよ、それで。何より私もそのつもりは以外ありませんし、妹が殺された仇も討たねばならないでしょう。貴方も、探し人が居るからここまでのこのこ来たのだろうし」
「不本意な事にな。まったく、冗談じゃ、ない」

 無能な連れを持つと不憫ね、と一頻り嗤ったレイラの顔が唐突に何とも乾いたものへ変わる。無味乾燥、味がしない。何を考えているのか分からないような表情へ。

「――まあ、あの子の事より自分の事を考えなさい。妹を犠牲にするに足る《ジェスター》としての実力を、この私に見せて」

 がたん、音を立てて背後の扉――自分が入って来た扉が閉まる。瞳だけを動かして後ろを見、猛烈に馬鹿な事をしたと今更ながら自らを呪う。
 そこにもう一人人間が居たのだ。それも、こんなお嬢様などとは確実に別格の、確実にヤバイ、確実に別の次元の、人間。まとう暗い気と消え入りそうな存在感。目の前に現れればプレッシャーに押し潰されそうなそれを、知っている。

「――暗殺者・・・《黒鏡》か」
「頼んだわよ、セドリック」

 光を吸収し、鏡でありながら反射しない。
 鏡でありながら何をも写さない。
 何も写らない向こう側。
 それこそ――《黒鏡》。
 暗殺者の中の暗殺者であり、生粋の暗殺集団。血統書付きの暗殺者。
 その黒い暗殺者はただ一言――是、とだけ答えた。